連載 水引き草の詩(うた)—ある看護教師の闘病記・9
花と病人
藤原 宰江
1
1岡山県立短期大学
pp.1222-1225
発行日 1988年12月1日
Published Date 1988/12/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661922158
- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
水引き草の想い出
広い屋敷の北隅に,楠の大樹があった.何百年という年輪を重ねた古木で,その幹は子ども5,6人では囲えないほどの偉容を誇っていた.四季を通じて深い緑を湛え,春には,高い梢は燃え立つような鶸(ひわ)色の新芽で覆われた.夏が近づくと,重なり合った枝は濃い緑陰を落とし,さわさわと風の鳴る格好の日陰を作る.
広い野面に稲穂が首を垂れ,その先が金色に輝き始める頃,楠の根元には一面に水引き草の花が咲いた.母屋から少し離れたその場所は,水引き草の群生地で,何千という糸のような穂先に順序よく赤い小さな粒を並べた野の草が,見事なユートピアを作った.遊び道具のない子供たちは,好んでそこを遊び場所にしたものである.
Copyright © 1988, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.