教養講座 小説の話・25
戦後の良心—「新日本文学」と「近代文学」
原 誠
pp.41-43
発行日 1958年10月15日
Published Date 1958/10/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661910711
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戦争の終つたのが昭和20年。長い戦いに私たちは皆,疲れはて,生きる方向もその支えも失なつてしまつたような,どん底におちこんでいました。が,やがては焼けただれた焦土のなかから,新しくふきだす芽をもとめて私たちは立ちあがつたのです。一人々々が,新しい芽になり,新しい樹にならなければなりませんでした。
私たちは,飢えていたのです。長い戦いのあいだ,文学はすべて軍と官僚の御用文学に墮し,その制肘をうけて本来の姿,正しいあり方を失なつていましたから,戦後,私たちは一日も早く,文学らしい文学,小説らしい小説に触れたいと念じていたのです。もつと卒直にいえば,文学らしい文学,小説らしい小説に飢えていたどころか,活字そのものに飢えていたといつてもいいでしよう。東京をはじめ,日本の大部分の都会は焼け野原と化していましたから,もちろん出版屋も焼け,印刷屋も焼け,紙をつくる工場も焼けて,雑誌らしい雑誌,本らしい本はよういに世の中にでまわらなかつたのです。当時,出版された本の奥附をみると,発行書店は東京あるいは大阪にあつても,印刷製本所は長野県その他の地方都市ということになつていたものが多かつたようです。執筆者も戦災にあつたり疎開したりで,その行く先,生死さえ不明の者が少なくなかつたのです。そうした悪条件下で出版される本は,ですから,いきおい旧版の再発行という体裁をとりました。
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