連載 カラーグラフ
JJN Gallery・8
『アグニユーの臨床講義』—トマス・イーキンス画
酒井 シヅ
1
1順天堂大学・医学部医史学
pp.678-679
発行日 1996年8月1日
Published Date 1996/8/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661905136
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絵はペンシルヴァニア大学の外科学教授D.H.アグニユー(1818-1892)が臨床講義室で乳がんの手術を行なっている場面である.アグニューには主著『外科学の原理と実際』(3巻)という大著があり,歴史的には脳外科の開拓者として有名であるが,この時代のアメリカでもっとも有名で,多忙な外科医であった.
この絵は1889年にT.イーキンス(1844-1916)が描いたものである.イーキンスの代表作に,アグニューのライバルでジェファーソン大学の外科学教授S.D.グロス(1805-1884)の臨床講義がある.その絵は,これより14年前,1875年に描かれたが,グロス教授も助手も背広を着たまま手術を行なっている.しかし,14年の間にアグニューや助手のように背広を手術着に着がえるようになった.1860年代イギリスのリスターが手術野の消毒が重要だといい始めたが,手術者自身の消毒に考えが及ぶまでに20年余り時間がかかったからである.この絵の時代になると,滅菌消毒まで行なわれるようになったが,まだ臨床講堂で平気で手術を行ない,手術用手袋もマスクも使っていない.だが,それから数年後,ジヨンズ・ホプキンス大学でW.ハルステツド(1852-1922)が乳がんの根治手術法を確立して,格段に高い治癒率を報告したときには手術用ゴム手袋を使っていた.ハルステッドはゴム手袋の発明者ではないが,いち早くその意義を認め,普及させた人である.
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