連載 カラーグラフ
JJN Gallery・12
『病室での臨終』—エドワルド・ムンク画
酒井 シヅ
1
1順天堂大学・医学部医史学
pp.1066-1067
発行日 1996年12月1日
Published Date 1996/12/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661905224
- 有料閲覧
- 文献概要
ムンクには一度目にすれば忘れられない印象深い絵「叫び」がある.「病室での臨終」はそれと同じ年の作品である.この作品は1893年12月にベルリンで開かれた個展に25点余の油彩と共に出品され,来観者の目を釘付けにさせた.姉ソフィーエの臨終に立ち会う家族がテーマである.能面のような顔,がらんとした部屋,瞬間的にいっさいの動きを止めてしまった死をこれほど衝撃的に描いた絵はそれまでになかった.
姉のソフィーエとムンクは年子で仲が良かった.母はムンク5歳のときに結核で亡くなったが,死が近づいたことを予感した母は2人を呼びよせ,別れを告げた.そのとき2人は大粒の涙を出して,別れの言葉を聞いたが,2人はその想い出を共有していた.その姉が16歳で母と同じ病気で亡くなつた.そのときの情景が胸の奥に深く刻み込まれていたのであろう.それが30歳のとき「病室での臨終」のテーマになったのである.画面の手前に2人の妹と重なり合うようにムンク自身が描かれ,右手奥の籐椅子に座らされたソフィーエの方を見ている.ソフィーエの前に父親が呆然と立ちつくし,母親代わりであった叔母が気丈にソフィーエの世話をしている.左手奥の弟のアンドレアスはいたたまれないように立ち去ろうとしている.しかし,この絵が描かれたとき父親はすでに死んでおりいなかった.弟はそれから2年後に結核で亡くなっている.絵は姉が死んだときの年齢でなく,家族全員が,絵が描かれたときの年齢に引き上げられている.
Copyright © 1996, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.