連載 カラーグラフ
JJN Gallery・6
『ルノワール夫人と息子ピエール』—オーギュスト・ルノワール画
酒井 シヅ
1
1順天堂大学・医学部医史学
pp.494-495
発行日 1996年6月1日
Published Date 1996/6/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661905095
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絵に多少でも関心のある人は,ルノワールといえば,やわらかな明るい色調の絵を思い浮かべるだろう.この作品も一目でそれとわかる作品である.陶磁器の絵付け師から始まった画家ルノワールの生涯の終わりに近い頃の作品である.実はこれと同じ構図の絵を何度も描いている.最初の作品は1886年,白と紅殻のチョークで描いたデッサンである.ルノワールはその前年にはじめて父親になった.その感動をこの絵に託したのであろう.丸い乳房を無心に吸う赤ん坊の口のデッサンを何枚も描いている.小さな足をいじりながら安心しきって乳を飲む赤ん坊,素直なしぐさで授乳する母親のおおらかな気持ち.この世でこれほど平和で美しいものはない.同じテーマの作品のなかで,一般によく知られているのは1887年に描かれたパステル画「アリーヌとピエール」である.
ルノワールは1898年頃から父親と同じリウマチ性関節炎に悩まされた.発作が度重なるごとに悪化していった.1900年に手と腕が変形し,1911年からは車椅子の生活を余儀なくされていたが,指は手のひらに向けて折れ曲がったまま硬直し,リウマチ特有のひどく変形した手に絵筆をくくりつけてキャンバスに向かった.亡くなるまで病に負けず,あの美しい明るい,色の絵を何点も描き上げたのである.この母子像が描かれた1915年はルノワール74歳,妻アリーヌが56歳で亡くなった年である.妻の一番美しい姿の母子像が再び描かれた.
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