産育習俗今昔
3.出産の場—外から内へ,そして外への変遷
鎌田 久子
1
1成城大学
pp.250-253
発行日 1982年3月25日
Published Date 1982/3/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611205992
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妊婦の気持
喜界ヶ島を調査していた折,町から遠くはなれて住む人に,最近は自宅でお産をしたいと思っても,町の母子センターで出産しないと母子手帳を交付してくれない,という話を聞いて,思わず町までの交通機関を考えてしまったことがある。その人の理解のしかたには多少のゆきちがいはあろうが,ことほど左様に母子センターの普及はめざましく,出産の場は,急激に変化している有様である。妊婦自身の希望で母子センターで出産するのではなく,なかば強制的に,自宅出産から病院出産へと移行しているわけである。家のほうが気楽でよいが,母子手帳がもらえないから,しかたないという人もあった。
ここで問題にしたいのは,この妊婦の気持のありようである。気楽であるとか,緊張するという妊婦の気持に対し,従来の民俗学の立場では,産育習俗をしらべていても,形だけにとらわれて,当事者の意識ということにふれているものは少なかった。資料の理解のしかたにおいても,とかく表面的な,形だけにとらわれて是否を論じてきた傾向が強い。特に出産習俗では,前代までの習俗を,非衛生的であるとか,野蛮であると決めつける見方が多かった。しかし,この妊婦の気楽であるという一言は,改めて伝承習俗のあり方ということについて,考え直さねばならぬことを教えられたのである。
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