「おんなの書」評
戦時中の暮しの記録―暮しの手帳96 特集
若林 恵津子
pp.54-55
発行日 1969年1月1日
Published Date 1969/1/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611203690
- 有料閲覧
- 文献概要
この本は,1冊全部,戦争中の暮しの記録で埋まっている.そのため「暮しの手帳」は変わってしまうのか,という危惧を抱いた読者もいたらしい.あんなみじめで辛い戦争は2度と思いだしたくない,だからこの号は読まない,という読者もいたそうだ.しかし編集者は,暮しを,ほかのどのことよりも,いちばん大切なものと考えるから,この特集を編んだのだ,ひもやスポンサーをきっぱり拒絶して,消費者のために商品テストを続け,料理屋の料理より毎日のおそうざいに力を入れる,その同じ気持が,この96号を戦争中の暮しの記録で埋めさせたのだ,と言っている.
この本は生まれてはじめて原稿用紙に文字を書いたのではないか,と思われる人びとの文章で埋まっている.そのたどたどしい,子どもが息を切らしながら,しかも一生けんめい真実を述べようとしているような文章を読んでいると,ふだん魔術的なほど美しい豊富なことばを駆使した小説や詩を読み馴れているくせに私は不覚にも涙があふれてとまらなかった.いや,ふだん文章ずれがしているからこそ,この切々とした,まるで飾りけのない稚拙な文章に,不意を打たれ足をすくわれてしまったのかもしれない.これは,編集室で生原稿を読んだ人びとには,もっと痛切であっただろう.花森安治氏は書いている.
Copyright © 1969, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.