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参議院議員であり評論家でもある田中寿美子氏が代表者となっている"婦人問題懇話会"のメンバ)が,女性問題について共同討議を重ね,共同執筆の成果を世に問うたのが本書である.はからずも明治百年にあたる今年,こうした本が出版されたことの意義は大きい,明治百年来の日本近代化の過程のなかで,社会の,女性に対する考え方,女性観がどう変わっていったかが,その時々に影響力をもった主導的意見に即して,述べられしている.
従来,あまり知られていなかった岸田俊子,景山英子,植木枝盛などの理論と活動も紹介されているが,植木が論壇では進歩的な意見を吐きながら,私生活においては当時の男の出鱈目さをそのまま踏襲していたことや,晩年,名流婦人になった俊子に比して,英子は同志である男たちに欺されたり,去られたりで悲惨な晩年を終えたことなど,女性先覚者の活動の困難さと苦衷にもスポットがあてられている.本来,実質的には一夫多妻制であった日本上層階級に,清らかな家庭の理念と,一夫一婦制の確立をアピールしたのはキリスト教であるが,そのすぐれたプロテスタントの一人,中村正直から発した「良妻賢母」主義は,現在では不自由な儒教主義的女訓だと考えられているが,出発の当初は,進歩的,啓蒙的な思想であったことなど,よく跡づけられている.平塚明子(らいちょう)の雑誌「青踏」が,エレン・ケイの恋愛と結婚観,母性保護思想を紹介し,これが大正期に入って市川房枝らの「婦人参政権獲得」の運動へ続いていく.一方,社会主義の女性論は,明治30年代に,べーベルの「婦人論」が紹介されて以来,「婦人の教養を高めたり,法制上の改良をするだけでは真の解放は得られない.経済組織を改変して搾取のない万人平等の社会主義の実現において初めて婦人は無放される.」という主張が一貫して続き,大正期に山川菊栄の明晰な理論を得,昭和期は宮本百合子の鋭敏な芸術的感受性を得て,次第に広く一般女性の間に根づいていく.
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