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サンガー夫人(9)
地引 喜太郞
pp.55-56
発行日 1953年12月1日
Published Date 1953/12/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611200510
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夫人の最初の日本訪問は,1922年であつた.この2年前に渡米した石本靜枝男爵夫人の手で,そのとき,東京にも,産兒調節連盟が既に組織されてあつた.サンガー夫人は,石本勇爵邸を宿舍として,日本の人口事情を視察し,YMCAその他で,数回,講演を行つた.が,官憲の干渉で,産兒調節を論ずることができなかつたので,彼女は主に,欧州大戰と,ドイツの人口問題を話した.2度目の訪日は,それから14年後の1936年であつたが,この時はインド旅行の帰途ほんの一寸寄港しただけであつた.当時ちようど,2・26事件直後にあたつていて,もう,夫人の講演どころではない.不安にみちた国内の空気だつたのである.
1934年には,ソヴイエトを旅行した.社会主義者である夫人は,この社会主義国家の,種々な政策,施設に,深い興味と関心を,かねてから抱いていたのであるが,この旅行での丹念な視察によつてこの国の人口政策には,何ら見るべきもののないことを知つた.女性はおろか.医師ですら,この国では,避妊の知識は殆んどなく,あつても,極めて幼稚なものであつた.
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