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サンガー夫人(8)
地引 喜太郞
pp.59-64
発行日 1953年11月1日
Published Date 1953/11/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611200491
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《変轉期の中に》
時代は激しい変転期を迎えていた.欧洲大戰の血なまぐさい怒濤が,大西洋を越えてアメリカ大陸へ,ひた押しに寄せていた.1914年4月,合衆国は,遂に参戰を決意した.国民は,挙つて,戰爭に熱中した。産兒調節調査委員会を設立するという,ホイツトマン知事の約束も,こうなつては,いつ実現の運びになるものか,希望はもてなくなつてしまつた,軍人たちは人口増加を叫ぶ始末である.産兒調節運動に,かつては賛成していた人々も,なりをひそめてしまつた.夫人が,投獄される前に企画を立てていた.新しい雑誌"産児調節評論"は彼女が獄中にいる時に発刊をみ,参戰を迎えた時に,やつと3號を出したばかりであつたが,売れ行は忽ち不振となつた.夫人は口惜しかつた.急に景気のよくなつた,職工のおかみさん達が,子供を連れて,得意然と買物に歩いている姿を見かけると,彼女は情なくなつた.彼女には,この戰爭の終つたあとの,失業の夫をかかえ,やせ衰えて呆然としている女の姿がそのおかみさんの姿の上に,二重写しのようになつて見えてきて,仕方がないのだ.
「私は,一刻も,彼女達を教育することをやめてはいけない.私が,いま,ここでくじけるのは,数年後の彼女達を見殺しにすると約束するようなものだ!」
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