Sweet Spot 文学に見るリハビリテーション
夏目漱石の『坊っちゃん』—両親との関係
高橋 正雄
1
1筑波大学
pp.196
発行日 2024年2月10日
Published Date 2024/2/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552203050
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明治39年に発表された夏目漱石の『坊っちゃん』の主人公の両親との関係をみると,「おやじはちっともおれを可愛がってくれなかった」,「母は兄ばかり贔屓にしていた」,「おれを見る度にこいつはどうせ碌なものにはならないと,おやじが言った」,「乱暴で乱暴で行く先が案じられると母が言った」などとあるため,この主人公は愛着障害—幼少期に父親や母親などの養育者との愛着形成がうまくいかなかったことで精神状態や対人関係に問題が生じる状態—になってもおかしくないと思えてくる.実際,坊っちゃんが「なるほど碌なものにはならない.ご覧の通りの始末である」,「ただ懲役に行かないで生きているばかりである」と自虐的に語っているところをみると,こうした坊っちゃんの自尊感情や自己評価の低さには両親との関係が影響しているのではないかと思えてくる.
しかし,『坊っちゃん』で興味深いのは,坊っちゃん本人はそうした自らの生い立ちについて,「別に望みもない,これで沢山だと思っていた」,「苦になる事は少しもなかった」と,それほど問題にしていないことである.「ほかの小供も一概にこんなものだろうと思っていた」と,他の子供や家庭と比較していないこともあってか,坊っちゃんは自らの両親との関係をそれほど特殊とも不幸とも思っていない.
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