Sweet Spot 文学に見るリハビリテーション
夏目漱石の『それから』—すぐれた人間であるがゆえの病
高橋 正雄
1
1筑波大学人間系
pp.734
発行日 2016年8月10日
Published Date 2016/8/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552200691
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明治42年に発表された夏目漱石の『それから』(岩波書店)の冒頭部分には,自分の右手を心臓に当てて,胸の鼓動を聴く主人公・代助の姿が描かれている.「寝ながら胸の脈を聞いてみる」のが,代助の近来の癖になっていたのである.そんな代助の様子を見た書生の門野は,「先生,今朝は心臓の具合はどうですか」と茶化すのだが,それに対して代助は「今日はまだ大丈夫だ」と答える.さらに門野が「何だか明日にも危しくなりそうですな.どうも先生みた様に身体を気にしちゃ,—仕舞には本当の病気に取っ付かれるかもしれませんよ」と追い打ちをかけると,今度は「もう病気ですよ」と応じるなど,代助は日頃から身体の調子を気にしすぎる心気症者として描かれている.
しかし,ここで興味深いのは,代助は自らの心気的な傾向を十分自覚しながらも,それを治そうとしないどころか,むしろ誇りにさえ思っていることである.
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