教養講座 小説の話・8
夏目漱石の三部作
原 誠
pp.48-50
発行日 1957年3月15日
Published Date 1957/3/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661910303
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(夏)目漱石という人は,まことに気の毒な人でした。小説家としてはたしかに,森鴎外とならび称せられる明治の大文豪であり,学者としては東京帝国大学で文学論を講ずるすぐれた英文学者であり,教師としてはその門下かち後代のすぐれた作家,批評家たちを多数うみだした名師にはちがいありません。だが,そうした栄誉を抜きにした裸の漱石は,不幸な人間でした。
第一に,家庭的に惠まれていない。彼は慶応3年に江戸牛込で生れましたが,すぐに里子にだされて,四谷のある古道具屋に養われ,そして3歳の時には,新宿の塩原という家の養子にされました。そこの養父には妻のほかに女がいたので,養父母は離婚してしまうというありさまで,この家から漱石はさんざんなめにあわされています。結局22歳の時,塩原家から復籍してもとの夏目姓にかえるまで,彼は何回も実家へひきとられたり,また養家へわたされたりで,母親を幾人も持つたことになります。実母は,漱石が15の春になくなつている。妻の鏡子との仲も,不和だつたと云われています。
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