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はじめに
心身における何らかの異変を感じたとき,われわれはしばしば医師の診察を受け,ときに障害や疾患の診断を得る.しかし,診断後に何がなされるべきか,そのプロセスが本人にとって適切なかたちで定められている障害や疾患もあれば,そうではないものもある.発達障害というカテゴリーに括られる診断も後者のうちの一つだと言えるだろう.
その理由としては,特に発達障害のうち,自閉スペクトラム症における「社会的コミュニケーションおよび対人的相互反応における持続的な欠損(persistent deficits in social communication and social interaction)1)」という診断基準が抱える問題が挙げられる.この診断基準は「社会的コミュニケーションの障害」なるものが個人の「中」にあるものだと捉えて,それを治療の対象としているが,正確には「社会的コミュニケーション」というものは複数の人と人との「間」に生じる現象のはずであり,コミュニケーションにおけるすれ違いや摩擦の原因を,誰か一人の「中」にある特性として帰着させることを可能にするこの文言には問題があると筆者は考えている2).
実際,この診断基準は,教育・就労・司法・家庭など社会のいろいろな領域で,それぞれの社会が持つ規範やコミュニケーション・デザインを見直すことなく,さまざまな身体的特徴を持った人々を,一律に「社会性やコミュニケーションがない」という名目で,その社会から“都合よく”排除することを可能にしている.当然の帰結として,一人一人の身体的特徴,来歴,人的物的環境などはそれぞれかなり異なっており,どこまでが個人に起因しどこからが周囲の問題なのか,本人が抱える具体的な困りごとやニーズは何か,などについても多様性が生じることになるため,診断を得てもすぐには具体的な対応に結びつきづらい3).このように,発達障害とされる人々への支援方法や環境調整については,本人も支援者も共に検討しづらく,一人一人に合わせたオーダーメイドの支援を毎回,一から組み立てていく度合いが高い状況にあると考えられる.
こうした状況下において,善意の支援者の中には「ニーズさえ伝えてくれればいくらでも本人の意向に沿って支援するのに……」と,もどかしく感じている人もいるかもしれない.しかし本人目線で言えば,診断されたからといって,必ずしもすぐに自分のニーズを伝えられるようになるわけではない.筆者の場合も自閉スペクトラム症の診断を得た後,社会参加のための具体的なニーズをいくつか言語化してきたが,その中には他者に伝えられるようになるまでに10年近くかかったものもある4).
そこで本稿では,筆者自身がマイノリティ性を持った身体的特徴とどのようにかかわり,孤立した状態から社会へとひらかれていったかについて,そのプロセスを「周囲とのズレへの気づきを承認される段階」,「自身の特徴を把握し言語化する段階」,「ニーズを明確化し社会変革へと向かう段階」の3段階に整理し,各段階における支援のあり方を提案する.
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