Sweet Spot 文学に見るリハビリテーション
世阿弥の『風姿花伝』—中世の精神障害観
高橋 正雄
1
1筑波大学
pp.510
発行日 2021年5月10日
Published Date 2021/5/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552202228
- 有料閲覧
- 文献概要
応永7(1400)年,世阿弥が38歳の時に成立したとされる『風姿花伝』(観世寿夫訳,『日本の名著10』,中央公論社)の「第2物学」では,「物狂いは,能の中で,もっとも面白さの限りをつくした芸能」であるが,「一概に物狂いといっても,その中にさまざまな種類があるから,この物狂いを全般にわたって修得した演者は,あらゆる面をつうじて,幅の広い演戯を身につけられるであろう」と,物狂いは能の中でも重要な位置を占めるという考えを示しつつ,物狂いの多様性が指摘される.
また,多様な物狂いの中でも,「何かものに憑かれた役,たとえば神・仏,生きた人間の霊魂,死人の霊魂などが憑いた物狂いは,その乗り移ったものの本体を把握して演戯するように工夫すれば,役づくりの手がかりが得られやすい」.それに対して,「親に別れたり,子供と別れてたずね歩いたり,夫に捨てられたり,妻に死なれたりすることによって狂乱する物狂いは,なかなか容易でない」と,物狂いには,憑き物による物狂いと,別れた人のことを思うあまりの物狂いがあるために,能で演じる際にも両者の区別をきちんとする必要があるとして,次のように述べている.「それぞれの曲の内容を考えないで,ただ,物狂いであるからといって,どれもこれも同じように狂乱だけを演じてしまうから,感動をあたえないのだ」,「物思いによる物狂いの曲は,相手のことを一途に思うといった戯曲の主題を,役づくりの基本におくべきであり,そうしたつきつめられた感情が,自然の風物によって触発され,一種の興奮状態になって種々の芸能をする」.
Copyright © 2021, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.