Sweet Spot 文学に見るリハビリテーション
山本周五郎の『季節のない街』—親を思いやる当事者
高橋 正雄
1
1筑波大学人間系
pp.1064
発行日 2017年10月10日
Published Date 2017/10/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552201129
- 有料閲覧
- 文献概要
山本周五郎(1903〜1967)が昭和37年に発表した『季節のない街』(『山本周五郎全集第14巻』,新潮社)の「街へゆく電車」という章には,市電の運転手になりきって生きている六ちゃんという少年が登場する.
六ちゃんは,女手一つで天ぷら屋を営む40がらみの母親と二人で暮らしているのだが,六ちゃんの母親の「眼にはあらゆる事物に対する不信と疑惑のいろを湛え,口は蛤のように固くむすばれ」ていた.彼女は無口で,客にも余計な愛想は言わなかったが,それは,「絶えまなしに六ちゃんのことが気にかかり,絶えまなしにおそっさまの御利益や,奇蹟や,効験あらたかな祈祷師の噂などが,そのいくらか茶色っぽいかみの毛を油けなしでひっ詰め髪に結った頭の中で,せめぎあっていた」からであった.
Copyright © 2017, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.