連載 festina lente
思いやること
佐藤 裕史
1
1慶應義塾大学医学部クリニカルリサーチセンター
pp.311
発行日 2011年2月10日
Published Date 2011/2/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1402105036
- 有料閲覧
- 文献概要
米国の画家Norman Rockwellの作品「体温計をみる医者と少年」(1954)をご存じだろうか.往診中の医師がベッドに腰掛け体温計を読もうとし,その背中越しに寝巻姿の少年が覗き込んでいるものである.医学部3年生の講義で,この絵をスライドで見せることにしている.「さてこの絵はどういう場面か,思いついたことを言ってごらん」と問うと,いつも当惑した沈黙が続く.促すと「体温を測っている」といわずもがなの答が出るくらいで,皆不安げである.こちらが今度は当惑する.
やむなく私は自分の想像を口にする――この医者は家庭医で,少年が赤ちゃんの頃から何度も往診し,彼の気立てや腕白ぶりは重々承知.少年も物心ついてからずっと世話になっているから心を許している.医者の両肩に手をおいているのが,そんな気安さの証拠であろう.医者が何ともいえない笑みを浮かべているのはなぜだろうか.「このやんちゃ坊主が,三日間じっと安静にできただけで上出来だ.今日熱がなければそろそろ無罪放免か」.実際,少年はもう血色もよく,「ね,先生,明日から野球をやっていいよね」とでも言いたげな様子だ.この子の気質や両親の人柄,家庭の事情など万事このヴェテラン医師は先刻承知である.少年にしても医師の鷹揚な人柄が分かっているから「さあこれで野球ができる」とわくわくしている.そんな親密さ,信頼が絵にあふれている.頻繁な往診で医師と家族は十分馴染んでおり,お互い構えずに問わず語らずに気持ちも通じる……こういう穏やかな医師-患者関係がかつてはあった――こう「深読み」を話すと,漸く学生も少し納得がいった様子になる.
Copyright © 2011, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.