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はじめに—宇宙滞在による体力低下
体力にも種々あるが,ここではヒトの身体作業能力の1つである全身持久性体力を取り上げたい.全身持久性体力とは“活発な身体活動を維持できる能力”であり,その代表的な指標(測定項目)としては最大酸素摂取量(maximal oxygen consumption;VO2max)(あるいはVO2maxより決定基準が緩やかなVO2peak)が挙げられる.全身持久性体力は,心肺(中枢)を中心とした酸素摂取運搬能と筋など組織(末梢)による酸素利用能との総合指標(身体の多くの器官が相互的に作用した結果)であるため,“全身”持久性体力とされるのだが,心臓・肺による呼吸循環機能の関与が強い(イメージがある)ためか,一般的には“心肺持久力”と表現されることも多い.英文でも,本稿のタイトルで用いた“aerobic capacity”以外にも,cardiorespiratory(心肺の)を用いて,“cardiorespiratory fitness”や“cardiorespiratory capacity”などと表現される.VO2maxとは1分間に摂取できる(≒活動筋へ供給できる)酸素の最大値であり,対象者が固定式自転車やランニングマシンを用いて疲労困憊に至るまで運動すること(いわゆる運動負荷試験の一種)により求められる.しかし,運動負荷試験では専用装置や熟練した検者が必要となるため,学校などの体力測定では,より簡便な測定方法である“持久走”や“20mシャトルラン”により全身持久性体力が評価されている.
表1は日本人を対象として作成されたVO2maxの年齢別基準値(固定式自転車による測定値)である1).表に示される通り,VO2maxは加齢に伴い減少する.またVO2maxは疾患発症に深く関与することが知られており,VO2max(もしくはその相当値)が低いと,高血圧2),糖尿病3),がん4)などの発症リスクが高まるとされる.著名な疫学研究5)では,死亡リスクを高める要因としては喫煙や高血圧,糖尿病などのリスクを保有することよりも,VO2max(相当値)が低いことのほうが問題であることが示されている.
では,宇宙滞在がVO2maxに及ぼす影響はどうだろうか.これまでの宇宙実験やベッドレスト実験(微小重力環境の模擬実験)では,数週間〜数か月間の微小重力環境ばく露により,ヒトのVO2maxは20〜30%減少することが報告されている.微小重力環境によるVO2max低下の要因としては,初期段階(ばく露後数週間)では体液減少によるstroke volume(1回拍出量)の減少(その結果として生じる心拍出量の減少)の影響が大きく,その後,筋など末梢の酸素利用能低下の影響が加わるとされる.VO2maxの変化を上述の年齢別基準値(表1)と照合すると,30%のVO2max低下は30年程の加齢に伴う体力低下に匹敵する(40歳であれば70歳の水準にまで低下).実際,3週間のベッドレストによるVO2max低下(26%)と30年分の加齢に伴うVO2max低下とが同程度であったことが,ベッドレスト実験後30年経過時の追跡調査で示されている6).有人火星探査など将来のプロジェクトでは,宇宙滞在中の飛行士に強い身体活動を定常的に求める場面(建設作業など)も想定される.また,宇宙滞在中や地球への帰還時に,生命が危険に晒されるような事態に遭遇した際には,強い身体活動を一定時間維持するための体力が必要となる場面もあるかもしれない.アメリカ航空宇宙局(National Aeronautics and Space Administration;NASA)が掲げる「将来の有人火星探査に向けて解決すべき重要課題」の1つに,“VO2maxの低下による身体パフォーマンスの悪化”が挙げられているのは,こうした理由による.宇宙滞在中のVO2max低下をいかに防ぐかは,今後の長期滞在プロジェクト成功の鍵となる.
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