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はじめに
わが国では,実に年間約5千人以上が脊髄損傷を新規に受傷し,慢性期脊髄損傷患者は延べ20万人以上に及ぶ.近年の脊髄損傷に対する集学的医療の進歩により,脊髄損傷患者の平均余命は飛躍的に向上したが,損傷脊髄そのものを治療する方法はいまだ確立されていない.長期間にわたり患者を苦しめる,運動麻痺や痙縮,知覚障害,排泄障害,自律神経障害などの後遺症に対する治療は脊髄損傷医療の大きな割合を占める
近年の神経科学の進歩に伴い,損傷脊髄の修復を促す新しい治療法の開発は,さまざまな領域で幅広い進展をみせている.殊に,中枢神経系の再生医療の戦略として神経幹/前駆細胞(neural stem/progenitor cells;NS/PCs),胚性幹(embryonic stem;ES)細胞,人工多能性幹(induced pluripotent stem;iPS)細胞などを用いた細胞移植療法には,世界的な注目が集まっている.iPS細胞を用いた細胞移植療法の研究はわが国や米国を中心として急速に進められており,iPS細胞から種々の細胞への分化誘導法の開発や,疾患モデル動物への移植に関する研究が相次いで報告されている.また,損傷脊髄内で軸索再生を妨げる要因の解析も進み,薬物により神経可塑性を誘導する試みも数多く報告されている.さらに,リハビリテーションの分野でも,運動療法が神経可塑性を誘導する機序が少しずつ解明されていくなかで,運動療法単独の効果の検証を超えて,細胞移植や薬物療法との併用療法に関する報告も散見されるようになった.これらの研究では,損傷脊髄も微小環境が整えば,部分的にせよ再生することが証明されており,“中枢神経系は一度損傷を受けると再生しない”というドグマは,もはや過去のものとなりつつある.
しかし,治療法の開発を待つ患者の大多数は慢性期であるにもかかわらず,これらの研究のほとんどが急性期または亜急性期の脊髄損傷を対象としたものである.特に近年,慢性期の脊髄損傷モデル動物に対する細胞移植治療は単独では機能回復を促さないとの報告が複数もたらされていることは,今後の脊髄再生医療を考えるうえで考慮しなければならない問題である.すなわち,治療反応性の低下した慢性期脊髄損傷患者への根本的治療をどのように確立していくかは重要な課題であるといえる.
本稿では,われわれがこれまで行ってきた細胞移植,微小環境を標的とした薬物療法や運動療法に関する基礎研究に触れながら,特に慢性期脊髄損傷に対する脊髄再生医療の現状と今後の展望について概説する.なお慢性期に関する基礎研究では,介入を行う時期として,早期慢性期(齧歯類における損傷後28日目.ヒトでの回復期の後期に該当し,厳密には慢性期ではない),慢性期(損傷後42日,ヒトでの慢性期に相当),後期慢性期(損傷後84日,42日後との差異の検討が行われることがある)などが選ばれ,厳密にはおのおので性質が異なる.これらは実験結果を解釈するうえで重要になってくるので留意されたい.
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