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私は59歳になる男性である.38年前の大学3年生のときに,運転する自動車の右前のタイヤが走行中に破裂し横転するという交通事故で第9胸髄以下完全麻痺となり,車いすを使って生活することになった.身体障害者手帳には,「第9胸髄圧迫骨折による脊髄損傷,下肢機能全廃,体幹機能障害,一種一級」と書かれており,一般的に言う重度身体障害者である.受傷後多くの方の協力のお陰で障害を受容し,将来を考えることができるようになり,大学に復学し卒業して,総合せき損センター医用工学研究室に勤務することができた.その仕事は,私よりも重度の障害があっても,障害受容後は,適切な福祉機器を使ってできない動作をできるようにし,住宅改造を行えば,排泄や入浴などの生活行為を自立あるいは介助負担を軽減できることを実証するものであり,福祉機器の開発と生活環境設計支援を行った24年間であった.その後,佐賀大学医学部へ転職し,医学生や看護学生,大学院生などへ「生活と支援技術」や「生活行動支援論」,「高齢者・障害者生活支援特論」,「生活環境特論」,「テクノエイド論」などの教育を行いながら,福祉機器の開発や住環境の設計研究,そして障害者や高齢者の自立(律)生活支援を行っている.ここで言う自立(律)生活とは,自分できることは福祉機器や住宅改造を行って自立し,それでも自立できない生活行為や動作は,自分が行いたい方法で介助者の支援を受け,自分の生活をコントロールして生活することである.これまでに,福祉機器の開発では28件の特許を取得し,住宅改造の件数は1,600件を超えている.
疑問に思っていることがある.それは,ラジオ番組で「歩けなくなったり身体に障害が現れると介護になります」と言っているのである.私は「まったく歩ことができなくても,本人に合った福祉機器を活用し適切な住宅改造を行えば,自立(律)生活できる」ことを教育しているので,大変疑問に感じた.「どうして,一般の方は歩けなくなると介護になる」というのだろうという疑問である.おそらく,一般の方々は,歩けなくなった時の自立生活方法を知らないため,障害をもっていることが可哀想なことで,不自由な生活をしており,できないことがたくさんあると考えているのではないだろうか.私の研究室に初めて相談に来られた方が,私を見て,私の生活を知らないのに「車いすを使っているのですね,大変ですね!」などと言われることが多いのである.これらは多くの場合,自分の祖父母あるいは父母が高齢となって歩けなくなり寝たきり生活となったときの介護経験を思い出していたり,身体に障害のある方の自立(律)生活方法を知らないからではないかと考えている.また,脳の萎縮や認知症が進み自分をコントロールすることができなくなったときは,生活全般に渡って介護が必要になることが多いので,寝たきりとなって脳の萎縮や認知症が進まないように,自立(律)生活を通して,脳への刺激を毎日繰り返すことの大切さも伝達すべきことと考えている.
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