Sweet Spot 文学にみるリハビリテーション
孫の力―芥川龍之介の『戯作三昧』より
高橋 正雄
1
1東京大学医学部精神衛生・看護学教室
pp.627
発行日 1995年7月10日
Published Date 1995/7/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552107905
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芥川龍之介の『戯作三昧』(大正6年)は,八犬伝の作者滝沢馬琴を主人公にした一種の芸術家小説であるが,そこには祖父に対する孫の影響力が描かれており,老年期の心理を考えるうえでも興味深い作品となっている.
既に60の坂を越えた馬琴は,日々の生活に疲れるとともに,何十年来の創作にも疲れきっていた.愛読者と称する連中は一向彼の作品を理解してくれないし,版元の本屋は彼に無理矢理原稿を書かせようとお追従を並べるだけである.そうした世間との付き合いに疲れ果てた彼は,一人書斎で八犬伝を読み返すのだが,「数日を費やして書き上げた何回分かの原稿は,今の彼の眼から見ると,ことごとく無用の饒舌としか思われない」.彼は,「これは始めから,書きなおすよりほかはない」と思い,自らの能力に自信を失って「落莫たる孤独の情」を感じながら,机の前に身を横たえるのだった.
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