Sweet Spot 文学に見るリハビリテーション
芥川龍之介の『路上』―狂気の受容と病跡学的な認識
高橋 正雄
1
1筑波大学心身障害学系
pp.286
発行日 2006年3月10日
Published Date 2006/3/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552100271
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芥川龍之介が大正8年に発表した『路上』は,作家志望の女性初子が友人たちと精神病院を訪れるという話である.そこで初子たちは,入院中の患者を見て,「不気味」,「不快」,「残酷」,「かわいそう」,「不愉快」といった感想を抱くのだが,この物語には,初子たちを案内する新田という精神科医がロンブローゾを引き合いに出して病跡学的な認識を語る場面がある.新田は,初子たちに精神病に関する説明をする際,種々の精神病者の実例として,ニーチェやモーパッサン,ボードレールなどの名前を挙げて説明するのである.
そんな新田の話を聞いた初子は「なんだか私,お話を伺っているうちに,自分も気が違っているような気がしてまいりました」と言うのだが,新田は,いわゆる正気の人間と精神病者の間にそれほどはっきりした区別はないのだとして,次のように語る.「いや,実際厳密な意味では,普通正気で通っている人間と精神病患者との境界線が,存外はっきりしていないのです.いわんやかの天才と称する連中となると,まず精神病者との間に,全然区別がないと言ってもさしつかえありません.その差別のない点を指摘したのが,ご承知のとおりロンブローゾの功績です」.
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