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はじめに
学習障害はLearning Disabilities(以下,LDと略す)の邦訳であり,LDという言葉は1960年過ぎ頃からアメリカの教育学の領域で読み,書き,計算などの学習に著しい障害があり,その原因として子ども自身の脳機能(あるいは構造的)障害が想定される場合に用いられるようになったのである.このような考えの最も中心的役割を果たしたのがSamuel Kirk だといわれている.その後,Johnson & Myklebust(1967)らは読み,書き,計算といった高次精神機能の障害を脳機能障害に帰することができると強く主張したが,彼らはその際,脳を一種の情報処理機構と考え,入力,処理(判断),出力の各部からなる割合単純な構造を想定したのである.
このようにLD概念は教育の領域から出発したものであり,概念的に厳密な医学的診断とは異なるものである.近年,この概念が日本に導入され,その意義を巡って盛んに議論されるようになったが,この概念の定義が曖昧であるとか,人によってその定義の仕方が異なるので理解が困難であるとの一般の意見がある.しかし,この概念の成立の経緯,意義を考えるとこの批判は的外れのものであるといえよう.他方,医学の領域では,前世紀の末頃から.今日のLDの具体的内容の一つである先天性語盲などの症例報告,脳損傷によって言語などの高次精神機能に障害が生じることなどが知られるようになり,LD概念成立に大きな影響を与えたと考えられる流れがあったのである.
筆者はLD概念の導入の意義は,(1)読み,書き,計算などの学習障害の原因として,従来,教育の領域では,精神遅滞,情緒障害,不適切環境,怠惰などが問題にされることが多かったが,それ以外に子どもの脳発達との関連でこのような障害が出現する可能性があることを認識すること,(2)このような障害は従来,教育の領域で扱ってきた種々の問題に比してその重度さにおいて軽度なものが多く,この面の障害をもつ子どもをそうでない子どもからはっきりと異なったグループの子どもとして見ることができず,いわば,その連続線上にあるとみなすべき子ども達であるので,これらの子どもを教育のなかで問題にするということはとりもなおさず,個々の子どもを個別的に教育していく方策を考えざるを得ない.この意味で教育の領域に本当の意味での一人一人の子どもの特性を把握し,それにあった教育的援助法を計画する機運を作ること,にあると考えている.
本節ではLDに対して医学的にアプローチすること,すなわち,神経心理学的立場からのLDへのアプローチをLDの診断(評価)と治療(訓練,指導)の2つの点にしぼって概説することにする.その前に,発達期の脳と行動との関係を問題にする子どもの神経心理学の特徴について少し触れることにする.
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