Japanese
English
- 有料閲覧
- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
はじめに
Anosognosia(病態失認)の症状は麻痺があるにもかかわらず患者がそれを否認したり,人格化などの異常体験を示すものである.現在までの脳卒中の合併症としての本症状の報告は急性期の意識障害を呈した症例での報告が認められる1~7).今回,我々は亜急性期から慢性期の脳卒中患者で意識清明な症例について本症状を検討した.
身体イメージの障害についての症候学的記載を初めて行ったのはBabinski4)であり,麻痺の否認にanosognosiaという用語を使用し,麻痺に対する無関心にanosodiaphreniaという用語を使用した.Lhermitte5)は身体イメージを単なる感覚としてではなく,感覚によって形成された実感ととらえ,その障害にhemiasomatoagnosiaという用語を使用した.Denny-Brown6)は頭頂葉障害により反対側の知覚情報を適切に処理できないために生じる知覚の生理学機構の水準の低下として把握し,amorphosynthesisという用語を使用した.Hecanは身体イメージの障害は麻痺側の機能障害に対する認知の障害(anosognosia),麻痺側の半身に対する注意の配分の障害(hemiasomatoagnosia)とその半身に対する異常体験の3つから成り立っているとした.Weinsteinら8)はBabinski4)やHecanら7)の立場と異なり,麻痺の言語による否定や麻痺側についての異常体験や無関心もすべてanosognosiaとして把握した.Weinsteinは右半球の障害での言語障害の特徴はnonaphasic misnamingと呼ばれる患者本人の個人的問題に関する物品に対して命名障害を生じると指摘し,言語機能と本症との関係について指摘した.
現在までのところ,右半球の障害によってanosognosia1~12)が生じることには異論はないが,右半球の特定の部位を責任病巣として積極的に肯定する学説とそうでない学説がある.
Fredricks9)は身体イメージの障害を皮質性病変と皮質下性病変とに分け,前者は意識化されていて半側身体切断感を訴えるconscious hemiasomatoagnosiaであり,後者は意識化されていず,自らは訴えでることのないnonconscious hemiasomatoagnosiaであるという区別を行った.Mesulam10)は反対側空間の知覚を形成する下頭頂葉,反対側空間に対しての情動の方向性に関与する帯状回,反対側空間に対する運動の開始や抑制に対する出力の調整に関与する前頭前野,覚醒水準に関与する網様体,そして視覚と体性感覚の統合を行っている上側頭回のそれぞれの部分が方向性をもって統合された回路網を形成していると考え,この回路網の障害されたときに身体イメージが障害されると考えた.森1)は本症状を示した症例と示さない症例で,障害部位の検討をX線CTで行い,陽性例は下頭頂葉,上側頭回や下側頭回を含む病巣を有する例が多く,また意識障害を示した症例が多かったと報告し,その機序として病態無認知やKorsakoff症候群を基礎とした疾病否認を考察した.
これらの責任病巣を求める学説に対して,特定の部位を責任病巣として求めることは困難であるとする反論も多く認められる.Critchly11)は劣位半球の頭頂葉が責任病巣としては最も適当らしいが,表在性病巣と深部病巣との区別や特定の大脳回や皮質下病巣を責任病巣とするのは困難であるとした.Geschwind12)は作話的要因を重視し,病変そのものよりも辺縁系との離断症状として把握した.山鳥2)は病巣の同定は困難であるとし,anosognosiaの発症の機序としては症状としての病巣の同定よりも,言語領域の脱抑制といった身体イメージの解放といった陽性要因が重要であると提起した.
中枢神経障害に伴って認められる奇妙なこの身体イメージの障害の症状に対しては,多くの精神科医や神経学者の提起する用語や発症の機序はそれぞれの関心のある立場や重点の置きかたによって異なっていることを指摘した1~12).したがって,一つの解釈に基づいた用語の使用を避けるために,本論文では用語としてはanosognosiaを使用し,自分の体であることを積極的または消極的に否定する場合もその症状として評価し,麻痺の言語による否定や麻痺側についての異常体験や無関心もすべてanosognosiaとして検討した.
Copyright © 1991, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.