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はじめに
産業災害や交通事故による四肢多発外傷が青壮年に生じた場合は,まず生命予後が危惧される.そして,生命の危険がなく,順調に回復した場合の機能予後は一般に良いが,機能回復が遅れ,機能障害を残した場合は本人の生活設計にまで影響を与えかねないという特徴を有している.その理由は,青壮年に生じる四肢多発外傷はその外力が大きいことと,受傷者が生計の中心になっていることが多いことによる.
しかし,高齢者の四肢多発外傷は小さな外力で生じるため,運動器以外に同時に生じる合併症が比較的少ないことと,受傷者が生計の中心になっていないことが多いのが特徴である.したがって,高齢の四肢多発外傷患者の場合は単一四肢外傷患者と同じく,特に生命の予後に留意する必要が少なく,また多発外傷のゆえに著しく移動能力が低下したり,日常の活動性が制限されるという結果には陥らない.それゆえ,機能障害が残存した場合は青壮年層のように職業復帰に対するリハビリテーションに配慮するより,寝たきり老人防止に対する家族指導,環境整備,本人の生きがいの確保などを考慮しなければならない.
高齢者の四肢多発外傷のもう一つの特徴は,高齢者の遭遇する諸症状,諸疾患の中で,きわだって重篤とはいえないということである.高齢者では四肢の多発外傷以外に重複合併症が併存しやすく,これらがむしろ高齢者の日常活動性を低下させうる大きな原因となる.このような事柄を総合すれば,高齢者の四肢多発外傷は老年者整形外科において重要な一項目ではあるが,外傷の医療に占める比重はそれほど重いものといえないことになる.
高齢者の四肢多発外傷の頻度は高くはなく,軽部らは9年間において老人専門病院整形外科に入院した患者1,367人中29例,2.1%であると述べており,骨折のため入院した患者に占める割合も3%以内であった1).著者らが最近2年間で整形外科に入院した65歳以上の高齢者に占める四肢多発骨折患者数を調べたところ,243例中10例と約4%であった.いずれも2か所の骨折または外傷であったが,その主骨折部位の分布は図1のようになる.ここで四肢多発外傷と診断したのは,同時に異なる骨格に骨折,脱臼,切断を生じた症例をいい,また主骨折部位とは,より治療に困難を覚え,機能的予後に影響を与えると予想される骨格をいう.
2年間に入院加療をした高齢骨折患者の骨折罹患部位で約2/3を占めるのは大腿骨頸部骨折であるが,この部を主骨折とした四肢多発骨折患者数は6例と,全症例10例中約2/3を占めており,決してその比率は多くはない.副骨折のほとんどは前腕骨を中心とした上肢の骨折で占められており,受傷時に上肢を骨折させることにより外力のエネルギーを吸収しながら転倒しても,なお下肢に骨折が生じるほどエネルギーが大きかったか,骨が脆いかのいずれかであることを示唆している.高齢者の場合は当然,骨が脆い場合が多かったことを物語っているのは,10例中4例が屋内で,2例は屋外同一平面上で転倒して受傷していることからも分かる(表1).四肢多発外傷を受けた10症例の平均年齢は80.5歳で,同時期に骨折のため入院加療した高齢者の平均年齢80.8歳と大きく違わない.また,男性症例の割合は2例,20%であるが,これも母集団の症例と似た傾向を示していた.これらの症例の中から代表的な2例について詳しく述べる.
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