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はじめに
脳卒中後片麻痺のリハビリテーション上,しばしばその阻害因子としてとり挙げられてきたものに,失語・失行・失認に代表される高次脳機能障害がある.なかでも,視空間失認(多くは左側無視症状を伴う)は左片麻痺症例で最も出現頻度の高い症状の一つとされているが21,24),その症状の本質が十分解明されていないことも手伝い,治療的アプローチが最も困難なものの一つでもある.福井6)は視空間失認を伴う左片麻痺症例は,失語症その他の高次脳機能障害例やそれらの問題を伴わない片麻痺症例に比較し,在院期間が長く,退院後のADL能力が著しく劣っていることを指摘しているが,この症状については,リハビリテーションの立場から失行・失認を初めて論じたとされるCarroll3)やKnapp17)の論文以来,その阻害因子としての重要性のみが強調される嫌いがあった.そのため,視空間失認を治療の面から論じたものは少なく,そのいずれもが症状への対症的はたらきかけの枠内にとどまるもので,訓練を行った課題には効果をあげたが他の行動への好影響は得られないとするものが多かった12,18).われわれは以前20),この症状が患者の全体のパーソナリティに対し機能的にどんな意味をもっているのか,またこのような障害を受けた生体と環境への適応という点からどのようなはたらきかけが必要なのか,そのリハビリテーションの可能性について論じた.臨床上,視空間失認を伴う患者に接する際最も苦慮する点は,その中心となる左側無視そのものよりも,それに伴う粗雑で不任意な行為,病識の悪さである.
Luria19)は,「右半球病変をもつ患者では自己の身体から入ってくる信号の分析が障害されているので,直接的な状況の知覚は全体として欠陥があり,この欠陥を正しく評価することができない.……特にしばしば周囲の状況に関する失見当の現象と直接的意識(自己意識)の混乱が観察される」とし,「自己の人格の総体的知覚は多分右半球の機能に関係しているのだろう」と述べている.彼はまた,この直接的意識(自己意識)における右半球の役割といった基本的問題がまだあまり研究されていないことも指摘している.
本論文では,右半球病変の代表的症状である視空間失認について,それに伴って見られる病識欠如の傾向をそれを示す患者の人格の変容との関わりから分析し,症状の本質を明らかにすることによりそのリハビリテーションの可能性を論じることにしたい.
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