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はじめに
脊髄損傷者(以下,脊損者とする)にみられる自律神経機能の異常については古くから経験的に知られていたと思われるが,特に第二次世界大戦以後,抗生物質の使用,あるいは手術法の進歩,リハビリテーション訓練方法の進歩などにより,高位脊損者でも長期間生存することができるようになった.このためいろいろな自律神経機能異常について,観察の機会も多くなり,これらについて詳しく検討されるようになった.
自律神経過反射については,Head等6)(1917)により最初に記載され,以後Guttmann等4),Bors等1)により詳しい報告がある,わが国では,熊谷8,9)の詳しい報告がある以外余りこの領域での発表はない.
この自律神経過反射は,高位脊損者にみられるもので,麻痺域からの刺激によって誘発される発作性高血圧を主徴とする一連の反応を激しく呈する反射現象である.実際に多くの高位脊損者をみていると,ここで述ぺる自律神経過反射によると思われる症状は,意外に日常しばしば観察されるものである.この現象は,原因となる刺激が取り除かれない限り,高血圧が持続する状態になるため,眼底出血や頭蓋内出血を起こし生命への危険性を有している11,16),さらに日常生活でもしばしばこのような反射を起こしてしまうのでは,リハビリテーション訓練の障害にもなり,社会復帰もできなくなる.しかし,この反射がすべて,すぐに生命の危険,リハビリテーション訓練の阻害につながるものでなく,逆にこの反射現象を的確に知ることにより,麻痺域における異常を知ることができることにもなる.つまり,一種のalarm signと考えてもいいのであって,特に尿意,便意のない脊損者にとっては,この反射現象を利用して,頭痛,発汗,鳥肌現象(立毛筋収縮による),徐脈などを,尿意,便意として日常生活に活用できるわけであり,このことをわれわれは代償尿意,代償便意と表現している.したがってこの反射の原因,症状,予防法,治療法などを知ることは,患者自身はもちろん,パラメディカル・スタッフを含めて脊損者を扱う者にとっては,是非とも必要なことである.
一般に,高位脊髄の横断麻痺を示す脊損者では,高位中枢(いわゆる脳レベル)からの支配は断たれているものの,損傷部以下の体性神経,自律神経ともにある程度の活動が復活し,脊髄レベルでの反射が次第に亢進して,麻痺域の神経系が,患者の意志とは全く無関係に,アンパラソスな興奮を示すようになる.このような現象を総称して集合反射mass reflexと呼んでいる.日常,われわれがしばしば観察し得るような,不随意の下肢の痙直,あるいは屈曲性痙攣,律動的な細動,またこれらに伴って突発的に排尿が始まってしまう症状などもこの現象に属する.
ところが,麻痺域の自律神経臓器組織にはもっと複雑で,重大な反射亢進が生じているのであって,これらを総称して自律神経過反射と呼ぶようになり,広い意昧では集合反射の一部ではあるが,生命への危険性も考えられるところから,最近ではむしろ,集合反射という用語が次第に使用されなくなり,横紋筋領域の過反射を麻痺域痙性とし,自律神経支配領域の過反射を自律神経過反射として区別する傾向になった.
自律神経過反射は日本語では自律神経過緊張反射とも呼び,用語が統一されていないし,英語でもautonomic hyperreflexia,spinal,poikilopiesis,autonomic dysreflexiaなど多種の用語が使われている2).
前述したように,自律神経過反射は,横紋筋痙性と無関係ではないから,例えば下肢の強い痙攣で誘発されることもあり,また麻痺域の皮膚や褥創に触れただけでも起こることもあるが,最も強い引き金triggerは骨盤内臓器の過緊張である.
triggerの代表的なものは,膀胱や直腸の充満状態,女子の分娩時の子宮収縮,男子性交時の射精などである5).これらのtriggerの興奮が脊髄を介して全身の自律神経系に強い反射を誘発し,著しい場合には発作性に収縮期血圧が200mmHg以上,拡張期血圧が100mmHg以上にも達する激しい高血圧を呈し,同時に頭重感,頭痛,胸内苦悶,顔面の潮紅,発汗,鳥肌現象,鼻閉,徐脈などさまざまな症状を呈する.
われわれの基礎的実験によると,正常人でも,例えば膀胱充満時には,収縮期,拡張期とも血圧は30mmHg以内の上昇を見たり,多少の頻脈になったり,尿意を無理に我慢するために顔面が潮紅または貧血状になることが確認されている.
しかし,高位脊損者に見られるこれらの自律神経系の変化は,正常者の変化の幅をはるかにoverするものでであったり,全く逆に現われるなど,著しく様相を異ににする.しかも過去の報告によると,このような自律神経過反射が強く現われるのは,第5または第6胸髄以上の麻痺者で,しかも完全麻痺者に多く見られ,不完全損傷者には,この反射現象は見られないとされている.熊谷は,膀胱に充満を与えることをtriggerとし,収縮期血圧で30mmHg以上上昇し,さらに徐脈を伴い,その他の随伴症状を一つ以上呈するものを,自律神経過反射陽性としてさまざまの麻痺レベルの脊損者にスクリーニングテストを行った.これによると,自律神経過反射陽性というのは第6胸髄損傷以上の者に限られ,それ以下の損傷者には陰性であった(表1,図1).
自律神経過反射が第6胸髄以上の者にみられるというのは,後述する神経生理学的メカニズムから考えてもある程度説明可能である.
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