巻頭言
歩行分析について
飯野 三郎
1
1東北大学
pp.3-4
発行日 1977年1月10日
Published Date 1977/1/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552103722
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ラッシュアワーの東京駅や,上野,新宿駅を,時に私も歩いてみて,数百,数千の人々が,何でもないように2本の脚のコンパス運動の上に円筒形の体躯をのせ,軽々とその身を運んでいるのを,ふと驚異をもって眺める.機構的に考えても歩行とはそんなに安易で単純なことであろうか.東京駅ならば,多少の遅速はあっても,とにかく長いコリドールを渡り,大小の階段も幾つかは上り下りして,誰もがまず失敗なく,丸の内南口なら中央郵便局側の歩道へ,北口なら国鉄ビル前へ渡って,つまづいて転倒したり,へたりこんだりするものは先ずない.頭頂から脊柱,胴,骨盤,股・膝・足関節等のjunctionで連なった一種のsegment animalたるヒトが,直立状態で,せまいベースの2本脚の交互運動で己を目的地にさっさと移動することを驚異と見ることは,医学・生物学に要請される数ある基礎的追求事項のうちのひとつの重要な題目とみて不思議ではない.
この点,上肢・手を脳の命ずる巧緻運動出先機関として体の支持移動機能から免除してくれて,人間を今日に進化せしめたところの両脚起立歩行と対比して,この両者の見かけ上の文化的価値づけの点から,脚は手の微妙な構造や腹雑細緻な機能にくらべられて一段下位に置かれがちの傾向にあるが,二脚起立・歩行の重要性と複雑性は,事実,ある意味では,手の然るべき構造と機能の解析よりははるかにむずかしく,未知の分野に富んでいるように思われる.少なくとも先に述べたごときコンパスの脚を拡げて卓上に立たしめ,1脚を軸に交互に移動せしめる程度の段でないことはいうまでもない.
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