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はじめに
脊髄損傷のリハビリテーション医療において日常生活動作(以下ADL)のもつ意義はきわめて重要であり,理学療法・作業療法を含めてすべてのリハビリテーション医療行為の終局的な目標は,ADLの改善をはかるために行われるともいえよう.すなわち筋力増強,ROM改善ないしは維持,疼痛の除去,全身調整を行うなどはすべてADL能力を向上させるためのものである.
脊髄損傷のリハビリテーション医療上,ことにADL的に最も重要と思われる点は,原疾患とその程度・拡がりにもよるが,損傷部位すなわち脊髄の損傷髄節によって,ある程度までは損傷時にすでに機能的予後ないしはリハビリテーションゴールが運命的に決まることである.すなわち言い換えれば,リハビリテーション医療の終局的な目標であるADL能力が損傷髄節によってあらかじめほぼ決定され,したがって失われたものをいかに補い,また残されたものをいかに生かすかが脊髄損傷のリハビリテーション医療のすべでともいえよう.
頸髄損傷とそれ以下の髄節のいわゆる脊髄損傷とでは,両上肢の機能の喪失ないしは低下の有無という点で,まったく異質の障害ともいえるほどのADL能力の条件の差がすでにそこにあり,明らかに損傷髄節が高ければ高いほど,ADL能力は低く,したがって,リハビリテーションゴールもそれだけ制約された悲観的なものとなりがちな傾向である.
脊髄損陽のリハビリテーションと脳卒中片麻痺患者のそれとの根本的な相違点は,程度の差こそあれ,左右対称的に両側性の上・下肢および体幹の麻痺(頸髄損傷四肢麻痺)または体幹と両下肢麻痺(対麻痺)をきたす点である.すなわち麻痺が両側性であるから,頸髄損傷による四肢麻痺においては片麻痺と異なり,いわゆる利き手交換など最初からあり得ないが,早期より手指の変形および拘縮を予防し,機能的神経支配にマッチした適切なsplintingあるいはSHD(Self Help Device自助具)を与えることにより十分ADL上,両手動作の改善が見られる.
脊髄損傷患者のリハビリテーションにおいて,急性期あるいは症状固定期のみならず最悪の場合はいわゆる社会復帰後もADL上最も困難な問題は,排尿・排便と褥創の問題である.したがって脊髄損傷のリハビリテーション,とくにADLについて論ずる場合,これらの問題はきわめて重要と考える.脊髄損傷患者は脳卒中片麻痺患者に比して平均的には若年層のものが多く,それだけに心理的,社会的,職業的,経済的にとリハビリテーション上の問題もより大きいと考えねばならない.したがって以上述べたことからもいえることは,ある程度運命的ともいえる損傷髄節による機能的ADLゴールにむかって,いかに短期間に,低コストで患者をリハビリテートするかという目的に,リハビリテーション医療にたずさわる全スタッフが最大の努力を払わねばならない.そのたためには,ありとあらゆるリハビリテーション上の阻害となる因子,すなわちたとえば尿路感染症または褥創などの医学的合併症は最大限に予防ないしは排除しなければならない.また,若年層にありがちな心理的・社会的な障害も,患者を正しく教育・指導することで極力避けねばならないし,そういった社会復帰への動機づけ(モチベーション)はリハビリテーション医療上最も必須な前提条件と考える.
つぎに脊髄損傷のADL評価にあたっては,先に述べた損傷髄節による機能的神経支配からADL的ゴール設定がなされるため,脊髄の神経解剖学的知識と筋の動作学は必須のものであり,それを基盤に失われた機能と残存機能を評価分析し,それにプラス装具・自助具・車椅子の知識を駆使して患者を教育し社会復帰へと指導するのである.また,日常生活動作としての排尿・排便を考えた場合明らかなように,脊髄損傷のリハビリテーションにたずさわるチームスタッフは,泌尿器科的知識も一応身につけていなければならない.褥創の問題も単に医師とナースの役割といった考え方でいたのでは,終局的な目標である患者のADLの改善,ひいては社会復帰という最終ゴールにはなかなかつながらないのではなかろうか.
次に以下,各損傷髄節ごとに残存機能をADL能力の面から考察する.ただし,この場合の髄節とは定義通り,機能的に生きている最下位のレベルを示すこととする.
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