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はじめに
―脳性麻痺と暮らしの“為したい不自由”―
「ひと」の暮らしを営む上で脳性麻痺(以下CPと略す)ほど複雑・多重な身体的handicapsを担い,生活の自活をおびやかされている障害者は他にそうはいない.
それは1つには,CPのもつ運動機能障害が痙性spasticityと同時に存在する運動・姿勢の異常と随意運動voluntary movementの麻痺1)によって形づくられた極めて独得な運動障害であること,いま1つには,CPの多くが言語障害,知能障害,てんかん発作,視覚障害,聴覚障害,性格・行動上の異常など,さまざまな複合障害を併せもっていることから,それらの絡み合いが暮らしの中に複雑な能力障害disabilitiesをもたらしているためといえる.
申すまでもなくCPは,新生児期(生後1ヵ月以内)までの間に生じた脳の非進行性病変にもとづく,永続的な,しかし変化しうる運動および姿勢の異常であり,その症状は2歳までに発現する2)といわれており,神経生理学的には未成熟な状態にある脳の中枢神経系の感覚運動統合制禦システムに欠陥が生じているための運動発達の遅れと歪みの結果としてとらえられている.
したがって,最近のCP治療では予測される脳の成熟過程の神経生理学的理論にもとづいた治療手段を用い,正常発達の過程を指標とした早期(超早期)プログラムが進められるようになり,とくにこれがCPを単に運動障害児としてでなく複合障害児としての理解のもとで全児童(whole child)的立場からCP児のもつ可能性を極限まで引き出そうとする“障害児育児”3)のすぐれた合目的的アプローチである点で,これによる早期療育の成果が大いに期待されている.
しかし,すでに特有の異常パターンの固定化がすすんでいる年長CP児や成人CPでは可能性をひきだす能力には限界があり,不良パターンの抑制に努力することは当然としても,効率的にはどうしても既存パターンを生かした機能開発の方向で解決を求めがちになる.そして,現実の生活ではその複雑・多重なhandicaps,とりわけ随意性と能動性の欠如が,日常生活のさまざまな作業・活動を為したくとも為し得ない不自由な状態をつくり上げている.まさに“CPとは端的にいって,脳における病変が原因で,そのために肢体の随意運動に支障を来たした状態である”4)といわれているとおりである.したがってここでは,CPのもつ能力の限界と可能性を代償的な手段によって補足していく努力が必要となり,それに対する援助と,すでに獲得している運動機能を後退させないための配慮が重要な課題となる.
本来,日常の行動・動作の大半はそれぞれに特殊な目的をもって為されているものである.またそのほとんどは,熟達してはじめて実用性が生じて来る.これを考えればCPはまさに“為したい不自由”の状態といえるのである.
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