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第二次世界大戦を契機としてリハビリテーション(以下リハビリと略す)は,欧米を中心に盛んとなり,わが国も遅ればせながら急速に発展を遂げたのは喜ばしい.私の恩師天児民和先生(現九州労災病院長)の御下命で日本リハビリ医学会の創立の下働きをさせて頂いたのも今は懐しい憶い出となったが,昭和38年9月29日,東大の学士会館で設立発起人会が開催され,翌年の7月12日に水野祥太郎先生(現川崎医大学長)を初代会長に頂き,第1回日本リハビリ医学会が盛大に開催されたのも早や十年一昔ともなった.あれから既に12年を経過し,本年は横山巌先生を会長に第13回の本学会が見事に行われたが,はたしてリハビリがこの間に日本の社会に土着したかどうかふりかえってみる必要がある.日本の華やかな高度経済成長の波にのって多くのリハビリ関係施設が増設された.昭和50年の厚生白書によれば,児童保護費,老人福祉費,身体障害者保護費,社会福祉施設整備費などは,この10年間に約2倍近い増加を示し,これらの諸施設の入所定員も昭和40年度の109万人が49年度には189万人に増えている.社会福祉施設は,昭和49年10月現在で全国に約3万1,000ヵ所,その職員総数は31万にも及んでいる.全国総平均では,対象者6名に職員1名の割合である.一方,医大の数も近年激増し,昭和50年度の総入学定員は医大数69校で7,020名を突破し,ここ10年の間に2倍の定員となり,なお医大のない7県にさらに設置される見込みである.また,昭和50年4月現在でPT養成施設は11校(定員200名),OT養成施設は5校(定員100名),視能訓練士養成施設は2校(定員60名)に達し段々とパラメディカルのスタッフも増加しつつある.誠に喜ばしいが,国家財政的にみると,莫大な投資をリハビリ関係にしていることは事実であろう.リハビリとは,心身障害者を医学的,心理的,社会的,経済的,職業的に社会復帰させる全ての過程を含むものであることは誰もが知っている.昭和35年頃よりわれわれは,リハビリを医療にとり入れて貰うためにいろいろな印刷物を作って役所廻りをし,PTやOTの学校を設立するよう請願した.「年々増加する身障者や老人に対し,ただ保護収容のみでは,その個人の不幸のみならず国家も支出が増大するばかりか,社会福祉亡国になりかねませんよ.欧米先進国はリハビリを医学にとり入れて,病院の在院期間を短かくし,ベッドの回転率もよくなっている.一方,社会復帰も促進され,身障者の就労率も80%をこえ税金の消費者が支払い者になります……」といった役人の喜びそうなリハビリ経済学を力説したのをよく覚えている.当時の厚生,労働,文部各省の局長はもう現職にはいないが現実はどうであろうか.たとえば在院日数であるが1971年のWHOの年次報告によると,諸外国の一般病院の在院日数は,アメリカが一番短く8.8日,次いでデンマーク12.8日,スウエーデン12.9日,英国13.2日,イタリア13.5日,ドイツ17.3日であり,それに反して日本は34日と番外に在院日数が多い.
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