書評
秋元波留夫(著),上田 敏(構成)「99歳 精神科医の挑戦―好奇心と正義感―」
藤井 克徳
1
1きょうされん
pp.256
発行日 2006年3月10日
Published Date 2006/3/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552102816
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本書が出版されてから20日ほど経った05年10月の上旬,著者の秋元波留夫先生は金沢大学医学部附属病院に入院していた.北陸路への講演旅行に向かう途中に,折からの風邪をこじらせ肺炎に罹ってしまったのだ.病室を見舞い短い時間で言葉を交わしたが,帰ってきた言葉が実に印象的だった.続く高熱にさすがに憔悴は免れなかったが,その内容は「早く東京へ戻って仕事をしたい」というものだ.ただの願望というふうには聞こえなかった.厚味のある気迫のようなものを強く感じさせられた.
この「厚味のある気迫」こそが,本書「99歳 精神科医の挑戦」の全体を貫いているように思う.序章を含め12の章立てで構成されているが,各章それ自体が著者自身のターニングポイントでもあり,同時に,そこにわが国における精神障害分野の歴史的な事象を重ねているのである.1906(明治39)年生まれの著者は,20世紀の振幅のほぼ全域を生き抜き,そのなかの大半を精神科医として歩んできた.そういう意味では,文字通りの20世紀精神医療史の生き字引きであり,20世紀日本史の生き証人と言えよう.学究的な価値もさることながら,記述全体が原体験を礎とし,または自身が生きてきた時代背景を基調としているだけに,迫力とリアリティーを備えたもう一つの20世紀日本史を読むような感覚を抱かせてくれる.加えて,記述されている事象の一つひとつに対して,自身の意思や立場を明確にしているのも本書の魅力を増幅させている.随所に感じられる,持ち前の好奇心と正義感,そして人間愛,このへんに本書を貫く「厚味のある気迫」の源があるのかもしれない.
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