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はじめに
新聞を広げるとしばしば医学研究の成果を目にする.曰く,「アレルギー疾患解明に光」,「がん増殖と転移抑制に新治療法」.しかし,よく見ると,「細胞実験で発見」,「マウス実験で成功」などと書かれている.研究としては非常に優れたもので,その才能や努力には敬意を表するが,しかし,そういった成果は明日の保健・医療にはすぐには役立たない.われわれ医療人が必要としているのは,日々の診療や保健事業の直接の根拠となるものである.
動物実験や試験管内での研究がどうして日常業務に適用できないのであろうか.実は筆者自身も動物実験で博士号をとったので,その経験も踏まえて薬物の有効性評価の場合を考えてみる.第一に動物種の差がある.人間によく似たモデル動物を使うとはいえ,やはり人間とは異なる.種の違いは大きい.第二に薬物の濃度が異なる.動物実験ではおよそ人間には投与しないような高濃度の薬物を投与する.
第三に特定の臓器や細胞を取り出した実験では,薬物の他の臓器や細胞への分布が無視される.実際の人間では,薬物は摂取されて吸収され,広く体内に分布して貯留するとともに排泄され,目的の臓器にとどまるのは投与した薬物の一部である.第四に制御された環境に置かれた実験では,他の薬剤や食品との相互作用が考慮されない.人間の日常生活ではその薬物だけを摂取するのではなく,さまざまな物質を食べたり飲んだりする.第五に痛みなどの自覚症状や満足感などのQOL(quality of life)は,動物ではほとんど評価できない.第六に人間では投与量=服用量とは限らない.
薬物の人間での有効性は,動物実験や試験管のなかの実験ではよくわからない.しかし,それらの実験では撹乱要因を排除した純粋な状況を作ることができるので,薬物作用のメカニズムの解明には最適である.したがって,動物や摘出臓器を使った実験による基礎研究と,実際の人を対象とした疫学研究や質的研究はどちらも重要で,いわば車の両輪であろう.しかし,日本の大学の医学部で行われている研究は,圧倒的に基礎研究に偏っている.
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