文豪と死
高村 光太郎
長谷川 泉
1
1医学書院
pp.164
発行日 1978年2月1日
Published Date 1978/2/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1543201565
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詩人高村光太郎(1883〜1956)は父光雲ゆずりの彫刻家としても一流であった.ゆえに芸術的な衝動を触発された主題を彫刻によって表現することもでき,また詩として表現することもできた.
光太郎の妻に愛妻智恵子がいた.智恵子は遺作として紙絵を千数百点も残している.そのような芸術的資質に恵まれていたが,不幸にも精神分裂症にかかり,最後は粟粒結核でその生を閉じた.夫光太郎が智恵子に寄せた「智恵子抄」の詩集は,優れたものであり,その哀切な情感が入の心を強く打つ.特に「レモン哀歌」が有名である.
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