時評
不在の「臨床論」
小野 重五郎
Jugoro ONO
pp.152
発行日 1986年2月1日
Published Date 1986/2/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1541208778
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20年前,筆者がインターンのころ,ある教官が「わが内科教室は実験内科です」とほこらかにいって教室員を募っていたことを思い出す.ここでは,臨床の場での患者の意志や生活事情などは,科学的純化にとってのノイズにまでおとしめられてしまう.そして,あまりにノイズの多い領域であるために,臨床医学の科学性は現代諸科学のなかでも低い位置にあり,このことがまた研究者にとって,科学性に向けた突進のエネルギーにもなっている.
臨床医学は基礎医学の応用であるとも適用であるともいわれる.人間を対象とした生物科学を臨床に対置して「基礎」とするところに,科学としての医学の側から臨床を考える志向性がみてとれる.大学医学部における基礎と臨床の二分割は,この思想を根底に持っている.ノイズとされるものへの共感からはじまる臨床の立場から科学をみているのでは決してない.
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