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病院管理者再論
村上 実
1
1愛媛県新居浜市別子病院
pp.13-18
発行日 1955年6月1日
Published Date 1955/6/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1541200965
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1.まえがき
筆者は嘗て(昭和28年5月号)本誌上に『病院管理者論』と題する小論を書いた。そこで述べた論旨を,今日に於ても訂正する必要を認めないのであるが,あのままでは,とり様によつては誤解を招く惧れがあることに気がついたことと,この問題に関連して,その後の『病院』誌の記事の中に,筆者と見解を異にする向の所論を目にとめたので,重ねて筆者の所見を明らかにして,諸先生,諸先輩の御批判を仰ぎたいと思うのである。
『病院』9月号(昭和29年)誌上に都立広尾病院長原素行先生は,病院学会5月例会の報告記事の中で,給食部の格式の問題に関連して
『日本の病院は従来手が2本だけしかなかつたので管理部と医療部と,病院を二つの部門に分けて,それを握つていた為に給食部も,看護部もどちらも大部門の一部に属し,言わば院長の家来のそのまた家来という格式であつたように思う。然し院長が章魚のように8本の足を出したらどうです,1本目に管理部,2本目に看護部,3本目に給食部というように,どの部門も院長に直結するようにすれば"オレの部門の格式は低い"などと卑屈な気分にはなるまいと思う。そこがお役所と病院との機構が同一であってはならないところである。』
と一席ブチ出したと書かれてある。

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