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まえおき
物を食べるという営みは,およそ動物の生存にとって不可欠の行動である.「生きる」ということは,まさに「食べる」ことから始まるのであるが,「食べる」ための摂食機構は生物個体の中で,極めて精巧な仕組みから成り立っている.
下等動物からヒトのような高等動物に至るまで,その摂食様式は食物の種類や生活環境に応じて多種多様であるが,それらに共通する特性は,咀嚼機構における知覚・運動系とそれを統御する中枢神経系や循環系の活動のすべてが総合的に摂食行動を支えていることである.つまり,咀嚼機構は顎・口腔領域における異なる機能をもった諸器官からなる総合システムであるといえる.
この意味から,それは,からだの機構のなかでも,とりわけ多種多様な要素で構成されているといえよう.具体的に言えば,咀嚼行動は咀嚼筋や唾液腺をはじめとして,歯・歯周組織,上・下顎および顎関節,舌,口唇,咽頭など,顎・口腔・顔面領域の運動器官が中枢からの司令で協調的な活動を行うことによって発現する.
その司令は,これらの領域の感覚受容器からの情報により調節され,食物の性状に適した咀嚼運動が遂行される.つまり,咀嚼はこのような多種多様な要素が総合的に関与した生体機能なのである.この総合システムとしての咀嚼機構は,これらの諸要素の構造・機能・物質代謝が相互に作用しながら成長し,老化していくのである(図1参照).
ヒトの咀嚼機能の成長・老化には目標とする理想曲線があって,幼児期から積極的によりよい成熟を図れば,この曲線に近づけられ得る.しかし,現実には,いろいろな条件が働いて平均的な曲線で成長し,老化している.そんなわけで,もし,この曲線に老化を促進する要因(病気など)が加われば,咀嚼機能の老化は早まるし,逆に適切な治療で,老化促進要因をとり除くことによって,その咀嚼機能を回復させ,さらに,目標とする理想の成長・老化曲線に近づけられうる.ところが,からだに発育異常などがあるものでは,その咀嚼機能は低下させられていく(図1参照).
咀嚼機構の統合した総合研究は,現在,国際的にも国内的にも立ち遅れていて,ほとんど例を見ない状況にある.高齢化社会を迎えた現時点において,健全な咀嚼機能の成熟を図り,その老化促進要因を排除し,老化抑制の具体策を考えることは極めて必要なことであり,強い社会的要請でもある.
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