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Ⅰ.はじめに
精神科の長い治療の歴史を振り返ってみると,その中で占めた作業療法の比重の重さに,改めて驚かされる.しかしこの間作業療法が,正しい治療のあり方をしていたかというと,それは大いに疑問であろう.現在,特に精神科作業療法のあり方は問われている.
1956年,AOTA(米国作業療法協会)の主催する精神科作業療法会議で,「精神科作業療法は,活動を媒介とする心理療法の一種である.」と定義された1).私も,4年前に九州リハ大を卒業し,何も分らないままに,しかし「活動を媒介とする心理療法」だと考えながら試行錯誤してきたように思う.日本の精神科作業療法の現状は,かなり混沌としているし,私自身,未だに方向性を掴みかねている.そんな時に,一つの方向づけとして,20年もの昔に,すでに心理療法の一種であると定義づけられていたことを知った時は,非常に心強い気持がしたものだった.
ところで心理療法と言う場合,そこには何らかの理論に基づいた操作がなされていなければならない.が,今のところ多くは,精神分析とか力動精神医学とかの理論を借りてきて説明してしまっている.たとえ精神分析的とか力動精神医学的な立場で治療を進めたとしても,そこに当然作業療法の特殊性が滲み出てくるはずである.「これは作業療法以外の何ものでもない」という独自の技法論を,もっと明確にしていく必要があるのではないだろうか.この紙面で,症例を検討しながら,この努力をいくらかしてみたいと思う.
他方,作業療法は,入院治療,院外作業,デイホスピタル,中間施設などの,さまざまな現在の精神科治療の中で,いかに役割を果すかという「広がりの面」と,1人の患者にいかに係わるかという「奥行の面」の両面を持っている.私達が作業療法を考える場合,常にこの両面を考えねばならないだろう.
しかし,ここで私がとりあげた症例は,OTに成功し,社会復帰までこぎつけた患者ではない.6力月間の働きかけの中で,著しく変化し,悪化し,中止せざるをえなかった患者である.だから症例は,作業療法と呼ばれるもの全般を代表してはいない.今回は,「奥行きの面」に焦点をあて,一方の「広がりの面」に関することは,別の機会に譲ることにしたい.
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