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I.はじめに
ピッチという言葉はどちらかというと感覚的なものであり,振動数の多少による音の性質のちがいを意味する。すなわち音声のピッチといわれる時は本来主観的なものであるが近年音声処理においてピッチ周波数のもつ意味が強く認識されてからは物理学的なあるいは客観的な意味での基本周波数と同じ意味に用いられるようになった。さて音声の基本周波数とは何かと考えてみると,それは発声機構論からすれば発声時の声門の開閉運動の数に一致するはずである。すなわち発声は,定常流の呼気流を声門の開閉により断続するAC成分に変換させることであり,それがそのまま音声の疎密波になるわけである。声門の開閉は,閉鎖期から開大期の位相をもった運動であるがそれが毎秒何回であるかでもって基本周波数ということができる。しかしここで考えねばならないことは,音声は定常かということである。本来物理的な基本周波数というのは定常な物理的事象に対して与えられるべきことである。しかし音声は常に定常とはいいがたく,むしろ非定常な現象と考えた方がよい。したがって微視的な意味での正確なピッチ周波数—基本周波数—というのは音声には存在しないことになる。しかし実際には超高速度の声帯振動映画を観察すれば,全体のパターンとしてはほぼ一定であり,したがってこれにより生じる気流のパルス波形を一定であると考えてよいので巨視的な意味でのピッチの定義は声門の開閉運動によって生じる断続する気流のパルス波形の数としてもよいであろう。
音声のピッチのもつ臨床的な意味のひとつは音声の高さを測定することにある。元来音声の高さを測定するにはピアノ等の楽器音と比較して行われてきたものである。すなわち聴器のもつスペクトルアナライザーとしての能力に依存してきたものであって,この意味ではアナログからアナログへの直接的な分析であったといってよい。もちろん中枢神経系統の中では中央演算処理としてディジタルプロセッシングを経ているとしても筆者らの認識の上からはアナログ量の処理であったと考えてよい。しかし近年音声の音響分析処理によって喉頭病変の検出の一手段にさせようとする傾向が最近の電子計算機の進歩にともない盛んになりつつある時,元来アナログデータであった音声がディジタルデータへ変換させる必要が生じてきた。いったんディジタルデータに変換されたあとは,数理的処理が容易に行われるので,ソフトによって音声のもつ1つの因子である基本周波数あるいは基本周期に対してさまざまな解析法を応用できそれが客観的なデータとなって臨床的に活用できるのである。以上のような音響分析的な面ばかりでなく,音声のピッチが,客観的なディジタルとして表現できれば日常臨床上にとっても有益である。なぜなら音声の他の要素である強さは騒音レベルとしてdB表示可能であり,またその時の必要とする呼気量(air flow rate)も客観的に測定しうるので,これらデータ全てを客観的なディジタルもしくはアナログ量として表示可能であるからである。
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