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I.緒言
神経難聴に対する薬物治療としてはビタミン複合体及びビタミンAが可成り古くより用いられてきた。然し本邦に於いて薬物治療が積極的に行われるようになつたのは寧ろ最近のことに属する。即ち,既に1939年SelfridgeはビタミンB複合体欠乏によつて起つた雛の皮膚炎に於て第八脳神経にも著明且つ急速な変性の起る事をCovellが発見した事から推察して,難聴者とビタミンB1及びニコチン酸の使用を試み,次で1949年Lobelは,ビタミンA欠乏の聴器に及ぼす影響に関する多数研究者の業積に基いて初めてビタミンAを難聴に試用してその効果を報告した。本邦に於て多数の難聴者に就ての観察としては昭和26年切替教授がVB1の種々の量を各種の使用法で応用した報告,次で後藤教授がVB1100mg静注が極めて有効であるとした報告がある。其後硫酸ストレプトマイシン(以下SMと略す)の前庭障害作用を軽減する目的で,ジヒドロストレプトマイシン(DHSM)が登場するに及んでSMによる聴力障害が一般の注目を引くようになり,神経難聴に対する薬物治療の成績が多数発表せられるに至つた。更に最近は電気生理学的,組織化学的,並に生化学的研究方法が難聴の病理解明に応用せられるに及び,従来用いられていた薬物の作用機作が明かにせられると共に今まで用いられていなかつた薬物も新たにその利用の可能性を示唆されることとなつた。斯る研究は,SM難聴と音響性外傷を中心として行われているわけであるが,種々の点から推察して各種難聴の原因の一端をもこれによつて窺知出来るものと考える。
中村教授は,SM難聴の細胞化学的研究から,解糖呼吸糸の賦活,特に焦性ブドウ酸からアセチルCo Aへの代謝機構にSM難聴の治療及び予防の焦点を置く意味でパントテン酸,チオクト酸,ニコチン酸,VB1(Cocarboxylase)の作用,特にこれ等の併用を推奨しているが,上述の理由から,各種難聴の治療にもこの事が該当するのではないかと思う。
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