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イギリス訪問に就いては私の胸に一つのシコリがあつた。友人の伊東敬拓大教授からCampbellと云う英貴族を紹介されていたことである。御両所は頗る親しい間柄であるらしいがCampbell氏は伊東氏に来遊を勧めていた。それを自分が行く代りに西端がゆくから自分と思つて世話をしてくれと最大級の紹介をして下さつたのである。有り難いことではあるが,代議士の選挙に出たと云う口髭の濃い気難しそうな写真顔の人と1週間も英語で話して暮すのかと思うと気が重くなるのである。処へ斎藤君が是非自分もイギリスの田舎生活を見たいからつれていつてくれと熱望する。英人との交際の難しさを聞き知つているだけに困つた。又紹介者の伊東きんの顔をつぶしてはいけない。併し斎藤君の押しに負けたのと,2人の方が心強いのとで兎も角Campbell氏にぶつかつて見ようときめた。それで機中で懇願の文句をあれこれと考えたが時間は容捨もなくたつて着陸してしまつた。私の時計では午後の12時半だがロンドン時間では5時20分である。遅着したからCampbell氏は迎えに来ていないかも知れぬと今度はそれが気になつたが,場外に出ると6尺を越す長身のそれと覚しい紳士を見出した。髭を落したので顔違いがしているが声をかけたら,やはりそうであつた。自動車に案内してくれる間に必死の気持で斎藤君のことを頼んだら,なんと気軽に承知してくれた。気難しそうでいなから気がねがとれてしまつたのは底にひそむ同氏の人柄のためであろう。飛行機の出発の遅れたのはパンアメリカン会社のストライキのためであつたと聞かされた。馬鹿にしている。
ピカデリー街付近の小ちんまりしたホテルにつれてゆかれた。落ちついて個人の住宅のような感じだ。同氏のロンドンでの常宿とのこと。食事のこと,洗濯物のことこれからの大体のスケジユールのこと,明口のスケジールのことをキチンキチンと話して,さて15磅ずつを私達の小遣いにくれた。伊東さんが30磅与えてくれと頼んであつたからだ。これには恐縮した。処でCampbell氏はそれらの用事を斎藤君に話すのだ。同君の方が英語が巧いと思つたらしい。見てると同君は持前の心臓と勘とで結構こなすので感心した。
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