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軟膏の發達
最近皮膚科治療にエマルシヨン基劑が導入せられ,從來主として油脂性基劑を用いていた軟膏療法には新しい分野が開かれた。油脂を皮膚病變に對して使用するという考えは,實に人類が藥を用いた最初にさかのぼるもので,その當時動物および人間の脂肪を,またこれに樹脂,蠟,粉状の草本および鑛物を混じて,外用藥として適用したことは種々の根據から推定せられている。それらの脂肪がある特殊の力を有すると一般に信ぜられていたのである。古代バビロニアおよびエジプトにおいては皮膚病に對する基劑としで脂肪が利用せられたのみでなく,蜂蜜,蠟,ゴム類,樹脂等も用いられ,その調合に對しては特殊の技術が要求せられた。現在最も新しい軟膏基劑は無脂肪性軟膏であるが,紀元前16世紀に書かれた世界最古の醫書であるPaprus Ebersの中には,既にその種基劑の處方が記載せられているという。ギリシヤ時代には植物の膠状物,バルサム,油等も外用藥として用いられ,それらと蠟との混合物も作られて,一般に軟膏と稱せられるものの中に包含せられた。紀元2世紀頃の人ガレーノスの製した軟膏は現在歐米において廣く使用せられているローズ水軟膏と殆んど同じである。この頃から18世紀の終りまでは軟膏の組成には大した變化が生じなかつたが,科學の進歩と共にそれに關しても種々の着想が現われ,そのあるものは實現せられて今日にまで至つている。まず豚脂の使用が始まり,やがて軟膏の主成分として公認せられた。更にこれに牛や羊の脂肪,蠟等を加えてバタ樣の硬度にすることが案出せられた。豚脂はその分解性のゆえにこれを安息香豚脂に代えてその酸敗を防ぐことに成功した。1858年Schechtは澱粉グリセライトを作つた。これはある温度においてグリセリンが澱粉に作用して生ずるもので,半透明のジエリー状をなし,フランスにおいては現今なお廣く用いられ,またアメリカにおいて今日手の落屑性皮膚炎に對して一般に使用せられるラツグルズ・クリームはそれを主要成分とする。ワセリンが基劑として導入せられたのは1873年Millerによつてゞあつた。1885年にはラノリンの治療効果が再認識せられ,諸國の藥局方に採用せられた。ラノリンの吸水性,乳化性は,軟膏の性質としてこれらの物理的特徴を具えることの優秀さを知らしめ,他の親水性物質を探求する意慾を刺戟した。比較的高温度において硬さと安定性を失わないので,ステアリン酸が蝋の代りに使われ始めたのは1876年であり,近年の軟膏基劑の研究によつていよいよそれの重要性が認められている。ラノリンによる油中水型エマルシヨン基劑に對して,乳化劑を用いる水中油型エマルシヨン基劑は,更に新らしく發達したものである。始めは乳化劑として苛性ソーダ,アルカリ石鹸等を用いる幼稚なものであつたが,纎維工業において進歩した乳化劑が次々と出現するに及んで,それを軟膏製造に利用し,トリエタノールアミン,硫酸化油等を經て遂に脂肪アルコール硫酸エステル,特に硫酸ラウリル・ナトリウムに發展した。他方乳化劑以外の基劑成分にも著しい進歩が見られ,兩者相待つてこゝに今日のほゞ完成したエマルシヨン基劑が得られるに至つた。そもそもエマルシヨンは油脂相,乳化劑および水相の三つを具えるが,現に行われているエマルシヨン基劑をこの三つに分つて考えると,その構成について理解し易いと思う。アメリカ藥局方のHydrophilic Ojntment(わが國には同じ處方のものが親水軟膏という名で市販せられている)は,白色ワセリン250,ステアリル・アルコール250(以上油脂相),硫酸ラウリル・ナトリウム10(乳化劑).グリセリン120,水370,(以上水相),メチルバラベン0.25,プロピルパラベン0.15(以上かび止め)より成り,University of California Hospital Baseは,セチル・アルコール6.4,ステアリル・アルコール6.4,白色ワセリン14.3,流動パラフイン21.4(以上油脂相),硫酸ラウリル・ナトリウム1.5(乳化劑),水50.0(水相)の組成を有し,Washable Ointment Base(ULiv-ersty of Michigan)は,セチル・アルコール9.2,ステアリル・アルコール9.2,白色ワセリン30(以上油脂相),硫酸ラウリル・ナトリウム1.5(乳化劑),プロピレン・グリコール10,水を加え(以上水相)100とする。以上にその例を見る如くエマルシヨン基劑は油脂相としてワセリン,脂肪,蠟,有機アルコール,その他肪脂樣物質が用いられ,水相には水に加えてしばしばグリセリン,プロピレン・グリコール,ポリエチレン。グジコールが使われ,これらは主として保濕劑として軟膏より水分の蒸發するのを妨げる。乳化劑は殆んどすべて硫酸ラウリル・ナトリウムであり,このものはまた滲透劑としても作用し,軟膏を皮膚深部にまで透過せしめることができるのである。
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