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I.はじめに
近年,悪性脳腫瘍に対する新たな治療法として,遺伝子療法が研究開発され,米国では既に数カ所の施設で臨床治験用プロトコールが承認,開始されている.遺伝子療法とは,特定の遺伝子を外部からヒトの体内に導入し,発現させて疾病を治療することである.この治療法を脳腫瘍に応用する場合,どのような遺伝子を導入するか,またどのような方法で効果的に腫瘍細胞に遺伝子を導入するかが重要となる.すなわち悪性腫瘍の場合,唯一欠損した遺伝子を補うという先天性疾患に対するような戦略は立てづらく,本特集に詳細に解説されたように,様々な遺伝子がその候補としてあげられている.また固形腫瘍を構成している脳腫瘍細胞に特定の遺伝子を導入するに際しては,in vitroで単層培養の細胞に遺伝子を導入するのとは異なり,高い効率で細胞に遺伝子を導入することのできるベクターを用いることが最も重要な課題である.
脳腫瘍細胞への遺伝子導入方法としては,リボゾームなどを用いる物理化学的方法とウイルスベクターを用いる方法とが研究されている.近年,種々のウイルスの遺伝子構造が解析され,遺伝子を人工的に操作することが可能となり,多くの組み換え型ウイルス(recombinant virus)や,非増殖型ウイルス(replication defective virus)が作製されるようになってきた.現在,米国で脳腫瘍に対し臨床治験が開始されている遺伝子療法は非増殖型のレトロウイルスをベクターとして用いるものである.しかし最近,アデノウイルスベクターが神経系での発現にきわめて有用であるという報告がなされるなど,脳腫瘍の遺伝子療法においてもいろいろな基礎研究が行われている1,2,4,11,17).一方,単純ヘルペスウイルス1型(Herpes Simplex Virus type 1,HSV-1)は,神経親和性を示し,高い遺伝子導入効率を有することなどから,神経系への遺伝子導入の応用が試みられているが,その強い神経毒性が問題となっている.われわれは,逆にこの強い神経毒性に着目し,HSV-1の複製増殖能力が感染した宿主細胞に依存するような組み換え型HSV-1を作製することに成功している.この組み換え型HSV-1が増殖能力のない神経細胞を傷害することなく,分裂増殖を繰り返す腫瘍細胞を選択的に破壊する現象とその機序について研究を進めている.この方法は後述するように,ウイルスを一種の抗癌剤の如く用いる治療法(われわれはviral therapyと呼称している)であり,遺伝子療法とはその治療機序において異なる側面を有している.
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