扉
見知らぬ人ではなく
太田 富雄
1
1大阪医科大学脳神経外科
pp.283-284
発行日 1995年4月10日
Published Date 1995/4/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1436900999
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1990年代は「脳の世代Decade of the Brain」だと言われる.この標語は,1989年,当時のアメリカ大統領ブッシュ氏が,議会に対し予算獲得のために要請したときのものである.確かに,最近のように高齢化社会が急速に進行してくると,老人性痴呆の問題がこれまでにない大きな社会問題としてクローズ・アップされてきたのは至って当然のことである.この痴呆との戦いのための錦の御旗が「脳の世代」である.しかし,奇しくもこの「脳の世代」宣言が出されたその年に,アメリカ神経アカデミー(American Academy of Neurology)から,患者の「望まない治療を拒否する権利」の観点から,遷延性植物症患者の栄養および水分補給の差し控えないし中止をしても,医師は法的免責を受けることが出来るとの声明がだされた.遷延性植物症患者は自己ないし周囲が認識できず,したがって何らの精神活動もみられない.第三者として観察するかぎり,死よりも過酷な生であろう.そして,実際的には,家族の精神的・肉体的・経済的苦悩は想像を絶するものがある.
アカデミーの主張によれば,栄養・水分の補給は医療行為だという.果してそう考えていいのだろうか.アメリカにおいてもこの考え方には反発もあるようである.われわれとしてもああそうですかと,すんなり受け入れるわけには行かない。では赤ん坊は医療行為を受けながら育ってゆくのだろうか.
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