扉
デッサンのすすめ
長島 親男
1
1埼田医科大学脳神経外科
pp.1111-1112
発行日 1980年12月10日
Published Date 1980/12/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1436201241
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ずいぶん昔のことだと思う.何かの用事で恩師清水健太郎先生のお宅にお邪魔したことがある.先生は一幅の掛け軸をお見せになり,「君,これ,どう思う」と言葉すくなにおききになった.それは,もみじの葉が数片,あたかもそこに落ちているかのように,正確にとらえられ,日本画のような色調で,紅,赤,黄など,いろいろの色彩で克明に描かれてあった.私はとっさに返答に窮し「何だか,非常に新鮮な感じがしますが……」と申し上げると,「君,これは中田瑞穂先生の絵だよ」と仰言ったのである.私は一瞬,先生のお言葉を疑った.それまで私がみてきた中田先生の絵は,先生の名著『脳腫瘍』の中に印刷された手術のスケッチだけであった.それは,たしかに正確ではあるが,いかにも線が細く,霞みでもかかったような,まことに弱弱しい感じの絵だという印象しかなかったからである.それは多分に終戦後の印刷条件の悪い環境で出版されたためであろう(もし原画があって,最近の優秀な技術で再び印刷され出版されれば素晴しいことだと思うのだが).
その後,植木教授に招かれて新潟大学で講演し,ある料理屋でごちそうになった.そこで中田瑞穂先生がおかきになった桜鯛の絵を拝見した.実に正確な描写で,いま海から釣ってきたと思うほどにリアルで,圧倒される思いであった、絵の下に(これは印刷された別の絵だが)虚子の句「かき正が揃えたりやな桜鯛」が記されてあった.私は俳句のことはよくわからないが,俳句でも「写生」が大事だという.
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