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「東京医大病院 細管誤挿入で脳死状態 50代主婦 胸腔に点滴液たまる」―2003年某日の新聞,社会面トップの見出しは東京医大病院の全職員を震撼させた.この中心静脈ライン(CVライン)の事故で失ったものは重大かつ深刻で,患者のかけがえのない命と大事な家族の平和であり,心より哀悼の意を表したい.一方,医療側においては,患者からの信頼と医療人としての夢と誇りの喪失,病院の経営悪化と計り知れないものであった.当院では,この経験を教訓に,CVライン事故の再発予防,患者からの信頼回復のため医療安全の根本的な取り組みが始まった.そして辿り着いた目標が「医療安全文化」の構築・醸成であった.
「安全文化(safety culture)」とは,1986年のチェルノブイリ原子力発電所の事故を受けて,国際原子力機関(IAEA)による事故後検討会議の概要報告書(INSAG-1,1986年)において「チェルノブイリ事故の根本原因は,いわゆる人的要因にあり,『安全文化』の欠如にあった」と記述され,初めて明快に示された.事故は緊急炉心冷却装置を作動させるための電力を,発電タービンの慣性回転を利用して供給できるかという実験で発生した.実験は発電所の責任者の許可なく,原子炉特性に不案内な電気技術者が命令し,命令を受けた運転員が,炉が不安定であるのを承知で行った.これに対してIAEAは,事故原因は個人,ハード,体制,国の安全に対する姿勢,態度,風土のすべてに起因すると検証した.この複雑多岐にわたる要因に対して,「原子力発電所の安全の問題には,その重要性にふさわしい注意が最優先で払われなければならない.安全文化とは,そうした組織や個人の特性と姿勢の総体である」とし,「安全文化」が事故の再発予防に不可欠とした.これを医療の現場に置き換えたのが「医療安全文化」である.すなわち「医療安全文化」は「患者への良質で安全な医療の提供にあたり,その重要性にふさわしい注意が最優先で払われなければならない.医療安全文化とは,そうした組織や個人の特性と姿勢の総体である」と定義される.医療安全文化の必要性は言うまでもない.ハリソン内科学(第4版,2013年)の「医療安全」の章にも,「より良い医療を実現するための安全対策」として,米国National Quality Forum(NQF)が策定した「医療の質を改善するための推奨30項目」をとり上げている.その第1項が「医療現場に安全文化を構築する」である.また近年臨床系の学会でもその医療の基本に「医療安全」を再考する必要性が強調されており,2013年5月に開催された第81回American Association of Neurological Surgeons Annual Scientific Meetingのメインテーマは“Changing Our Culture To Advance Patient Safety”であった.さらに,寺本明日本脳神経外科学会前理事長は,折にふれて外科医の心得として「手術は必勝よりも不敗を大切に」を強調された.この「手術の不敗の文化」こそ,外科医にとっての真の「医療安全文化」であろう.
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