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Ⅰ.はじめに
スポーツの中でもボクシングや柔道,空手,相撲などの格闘技,アメリカンフットボール,ラグビー,アイスホッケー,サッカーなどのコンタクトスポーツでは,頭部への打撃や転倒による頭部外傷が頻繁に起こる.特に本邦においては,柔道による重症の頭部外傷が中学生や高校生に多く報告され15,32,43),平成24(2012)年度から中学校において武道が必修化されたこともあり,社会的にも事故の増加が懸念されている.
スポーツ頭部外傷で最もよくみられるのは脳振盪であり,最も重症なものは急性硬膜下血腫である.脳振盪というと,瞬間的に意識を消失し健忘を示すものの自然に回復して元に戻るので,軽症頭部外傷として扱われ,以前はスポーツ現場においても軽視しがちであった.筆者自身も学生時代に柔道練習中に脳振盪を頻繁に目撃し,また試合で投げた相手が脳振盪を起こしたことも稀ならず経験していた.その際相手が意識を回復すると,「ああ脳振盪でよかった」と安堵するとともに,脳振盪を起こした選手が同日の次の試合に出場することに何の違和感も抱かなかった.しかし,近年の脳振盪に対する考え方からすれば,これは間違った考え方である.
脳振盪に対する概念や対応の仕方が,特に米国などスポーツが盛んな海外において大きく変わってきた8,12,14,19,28,36,38).米国では,ボクシングやアメリカンフットボールなどにおいて脳振盪や軽度の頭部外傷は頻繁に発生する9,10).脳振盪を繰り返すことにより,致命的な脳腫脹を来す事例3,4,31,39,40)や神経心理テストに異常を来す例があること2,14,41),長期的な観点から慢性外傷性脳症に至る事例があること14,20,24,29)などが,社会的にも医学的にも注目されている.一方,本邦においても,平川らによりスポーツ頭部外傷における脳振盪の取り扱いの重要性や,急性硬膜下血腫発生の危険性などについては以前から指摘がなされてきた13,17,18,22,23).したがって,脳振盪は頻繁にみられ自然に回復するからといって軽視してよいものではなく,重大な脳損傷の前触れとして認識し,対応する必要がある.医療事故を例にとればインシデント報告やヒヤリハットに相当し,脳梗塞を例にとれば一過性脳虚血発作,心筋梗塞を例にとれば狭心症のようなものとみなされるものである.
国際的には2013年にいくつかのスポーツ脳振盪に関するガイドラインが発表されている8,12,28).特に国際スポーツ脳振盪会議(International Conference on Concussion in Sport)では,国際オリンピック委員会(IOC)や国際サッカー連盟(FIFA),国際ラグビー連盟など主要なスポーツ団体が加盟し,ほぼ3年ごとに国際会議でスポーツ頭部外傷,特に脳振盪に関する話し合いがもたれ,現場でどのように脳振盪を疑い評価するかを中心に検討している.その結果は重要な同意声明として発表されており28,29,42),脳振盪の取り扱いについての世界的標準となりつつある.最新の会議は2012年11月にZurichで行われたもので,その同意声明も論文化されており28),脳神経外科医としては一読してほしいものである.また日本脳神経外傷学会でもスポーツ頭部外傷のガイドライン作成に向けた中間提言を発表しており33),本稿ではこれらの発表や海外のガイドライン,同意声明の内容を踏まえ,本邦におけるスポーツ頭部外傷(特に柔道)の現状と最近の脳振盪に対する考え方や評価,競技復帰への対応,予防などを中心に概説する.
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