特集 神経難病ケアのコペルニクス的転回
【トピックス─多専門職種チーム(MDT)ケアのために】
神経難病患者から評価(PRO)されるために必要なこと
川口 有美子
1,2
1NPO法人ALS/MNDサポートセンターさくら会
2さくら研修センター
キーワード:
ALS
,
地域間格差
,
合理的配慮
,
意思伝達装置
,
コミュニケーション
Keyword:
ALS
,
地域間格差
,
合理的配慮
,
意思伝達装置
,
コミュニケーション
pp.255-257
発行日 2015年3月15日
Published Date 2015/3/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1429200152
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いのちのコミュニケーション
神経難病のひとつに,2014年夏の世界的なアイス・バケツ・チャレンジでその名が知れ渡ったALS(筋萎縮性側索硬化症)がある.でも,患者の日常を知って氷水をかぶった人はどれくらいいただろう.私は1995年から2007年に至る12年間を,在宅でALSの母の介護をした.そして,たとえ治らない病気でも人はその身体機能の限界においても,安定して生きられるということを知った.
療養は苦しいばかりではなく,幸せに満ちた時もあった.母は目配せで文字盤をとれと頻繁に合図してきた.無言で横たわっていても伝えたい言葉が漲っていた母は,時にその合図は1分も間隔を置かないということになった.手作りの透明文字盤を母の眼前にかざすと,母の視線はひらがな50音の上をさまよって,ある文字の上でぴたりと止まる.その文字をひとつひとつ,私も目と指で拾い読み上げて正しければ母はぱちりと瞬きをするのを繋げて単語に仕上げ,文章を紡いでいった.用件の多くは「といれ」「きゅういん」「いたい」などの身体の要求だったが,余裕がある時には昔話を始めた.テレビを観ながら思い出したように「あのおんせんにはむかしぱぱといったけれどおゆがやわらかくてよかった.いってごらん」などと言うこともあった.こうして私は母の言葉を読むために30代の時間の多くを費やしたのだが,人として大切なことをたくさん学んだ.
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