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はじめに
世界保健機関(WHO)は1948年に,健康を「単に疾患がないとか虚弱でない状態ではなく,身体的・心理的・社会的に完全に良い状態(a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity)」と定義した.この定義は当時,広範で野心的なものと評価されたが,その後,たえず批判にさらされてきた.そもそも,「完全なる健康状態」は存在するのか,健康/病気という明確な二分法が成り立つのか等々,さまざまな疑問が提起されてきた(G1).WHOもこれを改正しようと試みたが,実現しないまま今日に至っている.結果として,65年以上にもわたって,この定義は一度も改定されていない.
これが策定されたのは,西洋近代医学が感染症に対して圧倒的な勝利をおさめつつあった時代である.ところが今日では,新しいタイプの感染症の脅威はあるものの,医学の主要な対象が,治癒が困難な難病や慢性疾患や加齢に伴う機能低下などになってきた.Machteld Huberらの国際的な研究グループは,「高齢化や疾患傾向が変化している現代において,WHOの定義は望ましくない結果を生む可能性すらある」として,新たな健康概念の開拓に取り組んできた.その成果として,「社会的・身体的・感情的問題に直面したときに適応し自らを管理する能力(the ability to adapt and self manage in the face of social, physical, and emotional challenges)」という新しい健康概念を提起した1).WHOの「身体的・心理的・社会的に完全に良い状態」という定義が静態的な目標であるのに対して,問題に対処する(cope)能力という動的な捉え方になっている点に特徴がある.これは健康観の転換のみならず,医療全般,とりわけ難病医療の捉え方を大きく変える可能性すらはらんでいる2).この新概念について理解を深めるとともに,それがもたらす影響の広がりと深さについて考えてみよう.
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