シネマ解題 映画は楽しい考える糧[17]
「黒い雨」
浅井 篤
1
1熊本大学大学院医学薬学研究部生命倫理学分野
pp.971
発行日 2008年11月15日
Published Date 2008/11/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1414101564
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病気と差別―原爆と,二次的被爆被害
「楢山節考」「うなぎ」などで知られる今村昌平監督が井伏鱒二の原作を映画化したモノクロ作品.物語は主人公の矢須子が「黒い雨」(原子爆弾爆発後に降り注いだ放射能を帯びた黒色の雨)を浴びるところから始まり,その後の矢須子と彼女を取り巻く人々の人生を,静かな山村を舞台に淡々と描いていきます.死と苦痛に満ちた2時間ですが,画面から目が離せない2時間でもありました.映画の力,実感です.
本作品は原爆がもたらした悲劇を直後とその後の2段階に分けて提示します.矢須子は直接被爆した叔父母夫婦とともに,原爆投下直後で地獄絵の様相を呈する広島の街を通り抜けますが,その時場面に映し出される人々の有様には筆舌に尽くしがたいものがありました.下手な描写はかえって興味をそぐだけですから控えますので,読者のみなさん各自でご鑑賞ください.ただ一言だけ書きますと,私はふとアラン・レネ監督の「夜と霧」(1955年フランス)を思い浮かべました.「夜と霧」はナチスドイツのユダヤ人虐殺――ホロコースト――を描いた32分間のドキュメンタリーですが,そこでも人が人に対して行った,決して許されない残虐な愚行の顚末が克明に記録されています1).モノクロだからこそ直視に耐えられるシーンもたくさんありました.「黒い雨」も「夜と霧」も,今後とも世界で語り継がれ,若い世代の人々が一生に一度は鑑賞しなければならない作品ではないでしょうか.
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